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首都圏の急病人が首都機能を止める・・・。これが、年明けに爆発的に加速します。

 もう始まっている。  

このブログをご覧の皆さん。そして、これまで、政府がすすめる「食べて応援」や「瓦礫焼却」をしてきたみなさん。 なにも首都圏に限りません。国家権力は、地震後、日本列島の人間に均等に内部被曝がおきて、被爆による疾病や突然死を、文明病だと偽るために、原発由来の放射能を、いろんな形でばらまいてしまったのです。

個体生命は、生死の臨界値が来るまでは、普通とかわりなく生きようとします。ですから、徐々に細胞や遺伝子を侵す内部被曝は、あるときまで発症せず、なかなかそれが原因だと判らない。 だから、まさに、「直ちに影響はない」。でも、今、どれほど多くの人間がシンガポールに逃げていることでしょう。2万人(いや、それ以上)という話もあります。

 この重大犯罪をこの国の公権力は、まったく裁かず、かえって奨励してきたのです。アーミテージに教唆され、中国との戦いに勝つため? 自分たちの体制を維持するため? でも、放射能は、それでも、自分自身にも返ってくることなのに。

 地震直後の2011年には、世界から、日本政府が国民をダマシまくる姿勢に対し、大いに批難の声が出たのですが、安倍内閣になって、「アンダーコントロール」発言のもとオリンピック招致が決定となってから、日本政府(官僚も司法)も、自分自身で勝手に、そうした悪魔的手法に免罪符を得たと考えてしまったようです。なさけない。それが、日本のエリートたちの姿なのです。

 それが、「ホ」と言わせない政策です。さらに、中国との緊張つくり。 しかし、放射能は、休みません。しかも、動植物の中で、生物濃縮が進みます。もう、海流気流ともに太平洋を越えています。

しかも、デブリの水蒸気がまたまた大量に出ているのです。 安保法案成立後のシルバーウィークではたまたま止まりましたが、11月に入って、また吹き出し、ここのところ、これまでで最大の噴出をしています。公安や内調は、こうした事実をどう捉えているのでしょうね。

自分の、人間個人としての、不安を押し殺さずに、 生活のためではなく、生存を意識して、臨戦態勢を組んだほうがいいですよ。

  個人としても。 そして、国家としても。  人がいなければ、国家が成り立たない。

  子どもや青年は、未来の希望。  あたりまえのことなのに。

 

 問題は、意識されて、初めて、解決に向かう。 意識されないときは、問題は消えず、重症化するのみ。   

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 1時間前

名無し:12/04 01:51 charleycharley7 12月3日(木)の急病人(57人)ツイート 中央線x13 東海道線x2 信越本線 総武線x3 埼京線 小田急線x2 東武野田線 田園都市線 京浜東北線x3 丸の内線 相鉄線 山手線x9 …

 

名無し:12/03 23:46 koudai0501perc1 一本の電車に急病人3人www abmcdaj 武蔵小金井で3人が急病人毒ガスでもあるまいし miamia4869 1本の列車に3人急病人って大丈夫かい これが数年後には1本15人位になるのかな?

 

  

名無し:12/03 20:43 anllnpm 新宿駅ホームドア故障→新宿直ったけど原宿駅のホームドアも故障→原宿直ったけど急病人の救護→原宿の急病人助けたけど今度は渋谷で急病人 oAZZo 三鷹、武蔵境、東小金井、武蔵小金井、国分寺でも急病人出たのか。最悪だな

 

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PS: 二番目のツィートに対して、

「数年後」ではなく、遅くも「数ヶ月」。早ければ、「数週間後」ではないでしょうか?

来年の「311」で6年目。丸五年を過ぎればこんなのんびりした他人事のコメントを言っていられなくなるでしょう。日本のトップ官僚に、それが見えていないのでしょうか? 特定秘密保護法を創ることはできても、コンクリートジャングルのなかで、既得権維持を前提に仕事をするから、まさに「心を亡くし」て、忙殺され、イノチの悲鳴が、全然聞きとれないのでしょう。縄文時代の感性や意識などまるで分からず、日々を表面で楽しむ、マンガやグルメだけなのでしょうね。

 

 

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プロフィール

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新井信介(あらいしんすけ)

長野県中野市で昭和32年(1957年)にリンゴ問屋の息子として生まれました。 日本の歴史に圧倒的影響を与え、しかも、世界でもっとも多くの人間の住む国、中国と 商売しないのはおかしい、と、東京外国語大学の中国語学科に進んだ後、 今度は、世の中の現実と構造を知りたい思い、商社に入り、北京駐在員として 自動車・電気機関車などの輸出、さらに、本社では経済協力案件を担当しました。

しかし、88年秋、プラザ合意に始まったバブル経済が過熱していく中、昭和天皇が倒れ、 「金儲けどころじゃない、日本がおかしくなる」と、世直しを決意して退社。 日本の政策転換とバブルの早期処理を訴えましたが、結果は、「失われた20年」になりました。 98年から、「世紀末の大転換」を確信し、著作と講演を進めてきました。


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