大和路では、初瀬と葛城に行っていました。/新井信介 「京の風」

HOME > 新井信介 「京の風」 > 新井ワールド > 大和路では、初瀬と葛城に行っていました。

大和路では、初瀬と葛城に行っていました。

こんばんは。
今、北信濃に戻りました。
高円寺の二次会の後、バスタから大和八木に行き、ここで、22日朝8時に、仲間と落ち合いました。

今回は、最初は額田王の墓参り。
そして、三輪山に登って、
近鉄長谷寺駅で、別のメンバーとあって、小夫の天神社(泊瀬宮)に。

1500年の槻(けやき)のある、この神社のエネルギーは、言葉では表せません。
天からの知の規範と、地からイノチの響き。

本当に神霊と交われる、舞踏家と演奏家にも参集していただきました。
一つの大切な仕事を終えた、という感慨でいっぱいです。

宿泊先が、長谷寺駅の近くでしたので、今朝は長谷寺に。
日本仏教に流れる「大慈大悲」の心が、支配層にどのように育まれ継承されたのか、ここに来るとよくわかります。

そのあとは、等弥神社によった後、御所市に入って、斉明天皇陵。そして、葛城山系の高鴨神社、名柄神社、一言主神社。
680年に、天武は、なぜ、名柄で流鏑馬をしたのか? この意味がよく分かりました。
やはり、現地に行ってみるものです。

今日はこの辺で。

< 人類全体で真実暴きの始まり始まり。「911」インサイド・ジョブから「神」「天皇」と遺伝子まで。  |  一覧へ戻る  |  中東が動いている。日本は2030年には労働者が600万人不足というが、あの国の人間が来るのかも。 >

このページのトップへ