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【ご案内】新井信介講演会『新井信介:「羽曳野」講演会』(9月15日開催)のDVDが出来上がりました!!

 915日に開催しました『新井信介:「羽曳野」講演会』のDVDが出来上がりましたので、以下、ご案内させていただきます。 

<テーマ>:「八幡神(誉田別:応神)の魂は羽曳野でいまも生きている!!

<内容>: 

時代は、継体(オオド)の息子、欽明(ヒロニワ)のとき、勅命で、羽曳野の地に、ホンダワケのための誉田宗廟(こんだそうびょう)の神殿を造らせた。その後、568年、大分の宇佐を訪ねた大神比義が、ホムダワケを八幡神と認めた。

その宇佐に、ホンダワケ=八幡神の社殿を造れと勅を出したのが聖武(首皇子)で、即位の翌年、725年だった。それ以後、宇佐は「政治的概念」の聖地となった。

今、宇佐神宮は、原発推進派の神社本庁の直轄になってしまったが、はて、そこを皇室(国体)の神威としている日本の神社界で、イノチと繋がる神事ができるのか?

その政治的概念の聖地の宇佐に対して、羽曳野の地で埋葬されたのは、生身の人間でした。

八幡神であるホンダワケの「骸」は羽曳野にあり、この地は、白鳥となった、ヤマトタケルの羽を引き寄せたところ。

「羽曳野」の地名がヤマトタケルとの関連であることから、この地が埋葬地に選ばれたというのは、その人物が、「ヤマト」という使命をもっていたことを示している。

その羽曳野に埋葬された、概念とは対極の生身の人間「応神」の霊は、1600年を経た今でも生きている。 

それでは「ヤマト」とは、何なのか? 神武の和風諡号は、「カムヤマトイワレビコ」だったが・・・

これと、皇祖神アマテラスはどんな関係なのか?  さらに、「太一」とは何なのか? 

販売価格は、「4000円」(瓊音倶楽部会員の方は、「2000円」)でご提供します。尚、恐縮ですが、別途送料300円を頂戴します。 

全編で、2時間54分(174分)とほぼ3時間の長編DVDです。 

《ご注文やお問い合わせは、担当の室伏までご連絡ください。連絡先→TEL 03-3548-1025 FAX03-3548-1026 携帯: 090-5804-5078 E-mailakimasa-murofushi@jcom.home.ne.jp  弊社HPの次のリンク先の「瓊音ショップ」でもご購入いただけます。→ 「瓊音ショップ」

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プロフィール

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新井信介(あらいしんすけ)

長野県中野市で昭和32年(1957年)にリンゴ問屋の息子として生まれました。 日本の歴史に圧倒的影響を与え、しかも、世界でもっとも多くの人間の住む国、中国と 商売しないのはおかしい、と、東京外国語大学の中国語学科に進んだ後、 今度は、世の中の現実と構造を知りたい思い、商社に入り、北京駐在員として 自動車・電気機関車などの輸出、さらに、本社では経済協力案件を担当しました。

しかし、88年秋、プラザ合意に始まったバブル経済が過熱していく中、昭和天皇が倒れ、 「金儲けどころじゃない、日本がおかしくなる」と、世直しを決意して退社。 日本の政策転換とバブルの早期処理を訴えましたが、結果は、「失われた20年」になりました。 98年から、「世紀末の大転換」を確信し、著作と講演を進めてきました。


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