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【ご案内】新井信介先生の 『瓊音・古代史ツアーin長野 ~隠された北信越・長野の歴史を探訪する』 のご案内...北信濃の「日本建国」に纏わる、もう一つのドラマを蘇らせます!!

北信濃の歴史舞台というと「戸隠」と思っていませんか?! 実は、それ以外にも様々な歴史ドラマが眠っているのです!! 

 新井信介先生が、北信濃の「日本建国」に纏わる、もう一つのドラマを蘇らせます!!

 《概要》:

前漢武帝の軍勢が列島に入ることで壊された縄文のヒスイ・スピリチュアルネットワーク。その反動で日本列島に原初王権「ニギハヤヒ」が誕生した。その地は北信濃の高社山の麓

王権が関西に移るとき、イノチのヒビキを護る「玉の巫女」は、吉野にも拠点を設けた。 

3世紀、ミマキイリヒコ(崇神)に王権が譲られる時、北信濃から認証を与える使者が来た。

この事実は日本書紀の中で、「神武」の弓に金鵄鳥が飛来して停まった故事に示されている。 

北信濃は縄文と弥生が音とヒビキで融合した地で、そこに、征服者ヤマトタケルは入れなかった。オオドやウマヤドを呼び込むときに活躍した蘇我氏は、この地に拠点を持っていた。ウマヤド死去を聞いた刀自古郎女は、祈りの場を設けた。それは善光寺の大本願になった。山背大兄皇子が死去したときには、宝皇女(皇極)は、その地に伽藍を造らせた。 

天武が唐の高宗との対決を決意する680年、部下の役小角を派遣し祠を建てた地がある。高社山の北、北竜湖の近くの小菅神社だ。ここは森の精霊や縄文からの女神と出会う場所だった。このあと、天武は、戸隠に、籠城先となる都の建設に入った。 

そして持統が吉野に通って皇祖神アマテラスを造り出し、不比等とともに軽皇子(文武)を天皇にすると決めると、海人族を母に持つ高市皇子を殺めてしまった。世界と繋がる海を、列島を護る防壁とし、その中で家族の如く、イノチが溢れ返える国にするとの決意だった 

このとき、宮廷歌人だった柿本人麻呂は、小菅神社の地を訪れ、次の歌を残した

「浅葉野に 立ち神さぶる菅(スゲ)の根の ねもころ 誰が故 わが恋いなくに」 

大宝律令ができ日本国となり、記紀が編纂され、首皇子(聖武)が即位すると、后となった光明子は悲田院を造ったが、彼女が、重症の癩病(らいびょう)患者の膿をみずから吸ったという伝説が生まれた地は、小菅神社の奥の野沢温泉だった。 

飛鳥・奈良、そして、京都では、朝廷では、常に権力が争われたが、万物に宿る根源のイノチの光を感じ取る、平等なる慈愛の心に、自らが気づいた貴人たちは、この北信濃の地を訪ね、人間界の汚れを落とした先の、時空を越えた融和のヒビキに浸ったのではないか?

中野市の南照寺には、花山法皇の歌が残されている。

「みすずがる 信濃の奥の 松川の 清き流れに みのり 流して」  

《新井信介先生の 『瓊音・古代史ツアーin長野 ~隠された北信越・長野の歴史を探訪する』 のご案内》

(どなたでもご参加いただけます!!)

今般、新井信介先生のご案内・ご説明による『瓊音・古代史ツアーin 北信越・長野~隠された北信越・長野の歴史を探訪する』(12日)を開催することとなりましたので、ご案内 させていただきます。 

なお、次のリンク先からは、PDF版案内書をご覧いただけます。→ 170308_レター_瓊音古代史ツアーin 北信越・長野_案内書.pdf

歴史、特に古代史といいますと、そのドラマが展開されるのは京都や奈良というイメージを払拭 することは難しいでしょう。しかし、歴史のドラマは、京都や奈良意外でも展開されていたことは、新井信介先生のお話を聞かれたことがある方なら誰でも容易に想像できるでしょう。 

今回は、古代史のなかでも「日本建国」にまつわるもう一つのドラマが京都や奈良ではない   「北信越・長野」で展開されていたのだ、ということを新井先生にも同行していただき、説明を直接  聞いていただきたいと思います。「日本建国」ということで、中心となる時代背景は、記紀が成立 した7世紀後半から8世紀の始めの天智~天武~持統の頃が中心となります。 

また、訪問先(現地)での説明に加えて、初日の夜には、新井先生の講義の時間を設けさせて  いただきますので、新井先生のお話をじっくりと聞いていただけます。また、初日の夜の講義終了後についても、いつものことではありますが、古代史以外の事柄についての新井先生の体力の 続く限りご質問などをしていただけます。 

今回の「瓊音・古代史ツアーin 北信越・長野」の日時や内容等を以下ご案内させていただきますので、 参加を希望される方は、以下記載させていただく連絡先まで、電話・FAXあるいはメールなどご連絡いただけたらと思います。

どうぞよろしくお願いいたします。

ツアー名: 『新井信介先生の『瓊音・古代史ツアーin ・北信越・長野

~隠された北信越・長野の歴史を探訪する』』 

日時     2017513日(土)~514日(日)(12日) 

目的地  北信越・長野 

内容     記紀が成立した7世紀後半から8世紀の始めの天智~天武~持統の頃が中心

ご説明させていただきます。 

日程(案):               

513日(土)

13時頃にJR北陸新幹線「飯山駅」に集合。 

貸切観光バスにて、中野市、飯山市を視察。宿泊先の野沢温泉村に向かいます。

視察場所は:「中野市立博物館」「小菅神社」「北竜湖」「常盤屋(外観)」

視察後、宿泊する「ハウス・サン・アントン」へ。

夜は、夕食をはさんで新井先生の講義とQ&Aを行います。

(注)「JR飯山駅」に集合する際には、昼食を済ませてご集合頂きます。 

514日(日)

830分頃旅館を出発。

「戸隠神社」(奥社、中社等)視察       

戸隠神社見学後「長野市内」へ向かう。

長野市内で「昼食」。

15時頃(JR長野駅)にて解散となります。

(注)昼食後、時間に余裕がある場合は、希望者で「善光寺」などを視察。      

費用     38880円(消費税込み)を予定しております。 

()上記に含まれるものは、宿泊代と食事代(夕食1回、朝食1回及び2日目の昼食)、貸し切りバスの費用、訪問する施設の拝観料等、ならびに講義の資料代等となります。

ご自宅から集合場所(JR飯山駅)まで、また長野駅などで解散後のご自宅まで等の  往復の交通費は各自ご負担をお願いいたします。 

募集人員: 25人を上限とします。 

参加の可否 

参加の可否につきましては、FAX(添付の用紙をご使用ください)あるいは電話・メールのいずれかの方法にて事務局(室伏)までご連絡ください。

また、その他、何かご質問等ございましたらご遠慮なくご連絡ください。

                            TEL03-3548-1025 FAX03-3548-1026 携帯:090-5804-5078                                                               E-Mail: akimasa-murofushi@jcom.home.ne.jp

     ◎次のリンク先には「FAX参加申込書」が添付されていますので、ご利用ください。  → 170313_レター_瓊音古代史ツアーin 北信越・長野_FAX参加申込書.pdf

     ◎次のリンク先では「PDF版案内書」をご覧いただけます。→ 170308_レター_瓊音古代史ツアーin 北信越・長野_案内書.pdf

<補足説明>: 宿泊先 『ハウス・サン・アントン』 について 

宿泊先は野沢温泉村の『ハウス・サン・アントン』です。

こちらは、ご主人がスキーで冬季オリンピックに2回出場された経験を持っていることなどからスポーツ選手や芸能人などにもよく利用されている宿です。

特に、評判なのはその料理です。奥さんが地元・季節(旬)にこだわったメニュー作りをしていることや、やはり元スキー選手の息子さんがイタリアに料理留学をしていることなどから、その食事はかなり評判です。

併設されているショップでは奥さんこだわりの添加物なしのジャムなども販売されています。

また、野沢温泉ですから、「外湯巡り」なども含めて温泉も楽しんでいただけます。 

「ハウス・サン・アントン」(Hotel Haus St.Anton)という名前は、はオーストリアのSt.Anton村から名前を頂いているそうです。ヨーロッパの趣きを感じさせる内装や、全部屋が違う表情を持つ、アットホームな雰囲気の宿です。

『ハウス・サン・アントン』(Hotel Haus St.Anton

389-2502

長野県下高井郡野沢温泉村大字豊郷9515

Tel: 0269-85-3597 / FAX: 0269-85-3963 

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103-0028 東京都中央区八重洲 1-6-14 ISO八重洲 3F

株式会社K2O

代表取締役 室伏 昭昌

TEL033548-1025 FAX033548-1026 Mobile09058045078

E-Mail: akimasa-murofushi@jcom.home.ne.jp

URL:http://www.k2o.co.jp/

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プロフィール

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新井信介(あらいしんすけ)

長野県中野市で昭和32年(1957年)にリンゴ問屋の息子として生まれました。 日本の歴史に圧倒的影響を与え、しかも、世界でもっとも多くの人間の住む国、中国と 商売しないのはおかしい、と、東京外国語大学の中国語学科に進んだ後、 今度は、世の中の現実と構造を知りたい思い、商社に入り、北京駐在員として 自動車・電気機関車などの輸出、さらに、本社では経済協力案件を担当しました。

しかし、88年秋、プラザ合意に始まったバブル経済が過熱していく中、昭和天皇が倒れ、 「金儲けどころじゃない、日本がおかしくなる」と、世直しを決意して退社。 日本の政策転換とバブルの早期処理を訴えましたが、結果は、「失われた20年」になりました。 98年から、「世紀末の大転換」を確信し、著作と講演を進めてきました。


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