新井信介京の風

HOME > 新井信介 「京の風」 > K2O > アッキーとデンデンをまさぐった亡霊。その本拠は××神社。昨日、突き止めたら、今日、籠池退任、自衛隊が南スーダンを撤退。...今週末の皆神塾(東京)で解説します!!

アッキーとデンデンをまさぐった亡霊。その本拠は××神社。昨日、突き止めたら、今日、籠池退任、自衛隊が南スーダンを撤退。...今週末の皆神塾(東京)で解説します!!

  こんにちは。

日曜日のレジメを書いています。しかし、事態の進展が速い。

先ほど、塚本幼稚園の籠池理事長が、退任表明。役所に小学校建設のインチキ契約書を出すことに、まったく罪悪感のない、論外の人間でした。どんな、コンサルやブローカーが付いていたのでしょう。

そもそも、この学校設立事案は、あたかも、行政主導の様相だったことが、国会で浮きぼりになってきたところでした。明日からは、休日ですが、今日の国会が終わったときに、一大変化です。

籠池理事長の辞任表明に続いて、首相の安倍晋三氏が、南スーダンから自衛隊撤退を発表しました。

 

これは何か? 一気に幕引きに向かいだしています。

で、考えます。

そもそも、安倍のお仲間たちは、何をしようとしていたのか? 単に、マネーだけか? 教育勅語だけか?

実は、安倍内閣を作って、戦争をできるクニして、国民に「天皇(国家)のために死ぬことが美しい」とすり込んで、まずは、かつての満州国の夢を実現しようと妄想していた本部がありました。これを、ようやく、突き止めました。

それは、単に、戦前の軍部の郷愁や残存勢力の執念を引きつけているだけでなく、日本の建国以来の怨念の塊が、亡霊になって、滞留していたところでした。

これが、ある神社 に残っていました。一体誰の怨念でしょう?!

ここで、答えを書きます。怨念の主は、高市皇子です。文武即位の前に殺された人物です。なぜ、これが判ったのか、それを、日曜日に話します。 

その神社には、「維新」と「道義」を語りながら、「平和憲法」を壊し、アメリカを上手にだましながら、半島・満州を取り込んで、中国との決戦に臨もうと目論んでいた人間が、いつも集まり、軍歌を大声で歌っていました。

彼らの執念が、フワフワおつむの妻をもった、デンデン総理のときに、上手に、日本の官僚たちの精神風土上での「弱点」、すなわち、上司(首相)に怒られたくない、うまく取り入って出世したい、というヒラメ体質によって、爆発的に強大化していったのです。

そこでは、明治以来の国家体制に強烈な恨みと嫉妬を持ち、自分のところに、もっとうまい汁を回せとする、下品な政治家とその同調者たちを吸い寄せ、表の金看板「愛国」の下で、一体になっていきました。

 人間のイノチを、国家大義を語った、私的利益のために道具にしている。

 国家の資産を、好き勝手にどんどん奪っている。メディアを押さえ、検察も何も動かない。

こんな中、本当に、国家の体制崩壊の危機を感じたのは、官僚OBたちと、財界でしょう。

 そこで、籠池辞任。 これで、なんとか、火消しを試み出しました。

さらに、自衛隊を撤収させる。これは、クーデターが起きるかもしれないとの危惧(恐怖)からでしょう。

ひとまず、暴れていた亡霊が、その姿を消えだしましたね。

でも、まだ、明治以来の中央集権の悪弊は残っています。これと、原発問題・特別会計が重なります。

パククネは、弾劾されたし、 金正男の息子は、亡命したし。 大激変だ。

 

※ 詳細は今週末(12日)の皆神塾(東京)で説明します!! ぜひご参加ください。現在進行形の事態をライブでお聞きください。「皆神塾(東京)」の開催要領あるいは参加申し込みは次のリンクからどうぞ!! → 開催要領・参加申し込み

 

カテゴリ:

< 《今週末、3月12日(日)は「皆神塾(東京)開催です!!》  |  一覧へ戻る  |  2015年9月3日付契約書3通。4日総理夫妻は大阪。夫人は住吉大社。総理はよみうりテレビ出演。 >

このページのトップへ

プロフィール

arai.png

新井信介(あらいしんすけ)

長野県中野市で昭和32年(1957年)にリンゴ問屋の息子として生まれました。 日本の歴史に圧倒的影響を与え、しかも、世界でもっとも多くの人間の住む国、中国と 商売しないのはおかしい、と、東京外国語大学の中国語学科に進んだ後、 今度は、世の中の現実と構造を知りたい思い、商社に入り、北京駐在員として 自動車・電気機関車などの輸出、さらに、本社では経済協力案件を担当しました。

しかし、88年秋、プラザ合意に始まったバブル経済が過熱していく中、昭和天皇が倒れ、 「金儲けどころじゃない、日本がおかしくなる」と、世直しを決意して退社。 日本の政策転換とバブルの早期処理を訴えましたが、結果は、「失われた20年」になりました。 98年から、「世紀末の大転換」を確信し、著作と講演を進めてきました。


最近の画像