2010年10月/新井信介 「京の風」バックナンバー

2010年10月

「国家・宗教・通貨」に依存するから振り回される。

 こんにちは。

TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)が、大きな政治イシューに、なっています。 

 シンガポールが司令塔ですが、
 アジアと北中米に、完全な関税フリー圏をつくる構想です。

 これは、国境が消えていく第一弾です。

 私たちは、 自らに選択を迫らなければなりません。

 この地球規模の大競争の中で、勝てる製品・産品を作る人間になるのか?

 それとも、この40億人以上の人間の中で、自分の生活(生き方)を支えあう関係を、
 個と個を、繋ぎ合わせて確立していくのか?

 日本の国土は、それだけでも本来、美しいもの。
 その中で、自分の場、空間を、作り上げればいい。

 そして、それを評価し、その価値をわかってくれる人間と支えあえばいい。

 大量生産でなく、初めから、その地域に特化した、限定品を生む。
 そして、固定ファン、支援者で、基本的な生存条件を満たしていく。

 その固定ファンや、支援者は、地球中から探せばいい。

 日本人は、皆、それぞれが、一家で一つ、地球に向けたメッセージを発する、
 家業を持つこと。

 これは、マドモアゼル愛さんの指摘でもありました。

「国家・宗教・通貨」には、依存しないで、
自分を評価していただける、仲間をもつこと。

そして、イノチの現場を、責任をもって、受け持っていくこと。
ここから、すべてが始まります。

 企業には、企業の論理があります。
 利益にしても、それは、本来、存続するためのもの。
 
 大地に、根を張って、そこで、花を咲かし続ける。

 これなら、 個人でもできます。
 出発は、ここからです。

シリウス情報は、ここにあった。

 8月13日から、「シリウス文明がやってくる」が、止まったままですが、
 これと関連しているのか、 以下のブログが面白い。

 特に、今年に入ってからの、もの。

  全部は、肯定できなけど、 大まかの方向は、私の見方と一致しています。

 参考まで:

  

http://www.aa.alpha-net.ne.jp/tomokop/index.html

http://www.aa.alpha-net.ne.jp/tomokop/sakuryaku.html

グローバル化を前に、日本の公的資金には新しい政治思想の確立・定着が先。「21世紀のマッカーサー」を創るのが先。

 こんにちは。

事業仕分けが, 特別会計に 入っています。

これが、民主党の単なる政治ショーで終わるのか、
日本の枠組みを本当に変える起爆剤になるのか、

私たちは、その行方をきちんと見つめましょう。

公的資金は、それが何であれ、その資金を作り出す人間にも、受ける人間にも、
必ず、国家運営の基本思想にそった、厳しい義務があります。

国家の最大の課題は、この国に生きる人間の生存を保障し、希望を与えることです。
今の日本国家の経済体は、明治の独立のとき生まれ、戦後の焼け野原から工業化で
復興するのに、最適なモデルを作り出し、その推進にあたっては、金銭面の保証が、
多く組み込まれました。 
 
 そうしたやり方が、今では、時代に合わない、もう終わりにしようと、80%以上の
 日本国民が認識しているのです。

 これまで、工業化に加え、都市化、さらに、この国土で、アメリカ戦略の基地化、を
 推進するときに、その補償金として、業種でいえば農業など一次産業、地域ならば
 地方の田舎、さらに沖縄などに、多くの資金と不必要な事業が、政治的にばら撒かれ
 てきました。
 
 それをするのが、これまで、主に 自民党の政治家さんたちの仕事でした。

いま、日本国にある、すべての制度は、この枠の中にあります。

その中で、お金の無駄使いがないかを、民主党の国会議員が探しているわけですが、 
私には、まったく、表面の取りつくろい にしか見えない。

一番、大切なのは、 国家権力として、大鉈を振るうときの、
その大前提になる、 変革の基本思想が、確立されていないことです。

端的な例を、 農業・林業に見てみましょう。

 森林~里山~平野部 で、 農業をしなくなった耕作放棄地の所有者に対し、
これまで同様、単なる農業用地の所有者としての 権利だけ を認めていいか、
という問題です。

 一次産業の現場は、 そこが、自然循環していてこそ、そこに多くのイノチが溢れ、
 私たちの生存を安全保障します。 しかも、ナマの生きた文化 を生み出します。

 それならば、命がけで、この日本の大地(風土)を守る人間には、たんなる農業生産者
 ではない、崇高な使命を与え、 そこに、予算を向けなければなりません。

  厚生省、防衛省、経済産業省、総務省、その他、これまでの、各省の利害を
 超えて、 どうあるのが日本の姿なのか、を、設定した上で、法案の策定が
 必要です。

 これまでの隠された実態を、大いに国民に知らしめるのは、大切ですが、
 では、その次に、どうするのか、その協議の場もないままでは、

 何も変わっていきません。
 国家戦略とは、ここを話し合い決めることです。

 日本を取り巻く、人類社会の情勢は、どんどん変化しています。
 まして、21世紀から始まっている地球規模の気候の激変で、
 これまでの都市化・工業化に対ししては、想定外の事態がどんどん起こっています。

 その被害に対して、その都度、修繕だけをしていたのでは、穴ふさぎに、ドタバタ
 おわれるのみで、 国家が時代に対応できないまま、どんどん壊れていきます。

 これまでのやり方を、止める。
 時代に合わない、今後の未来に何の展望内もないものは、不適格ときめる。

 こうして決断して、<<変革のための権力>>を確立しないと、悲劇になります。
 
 もう、日本には、マッカーサーは来ません。
 
 「21世紀のマッカーサー」は、 私たちの手によって、 
 それを、合法的に、作り出さないといけないのです。

 私の政治的立場は、いつも、ここにあります。
 今の、全政治家も、最後は、ここに来るしかなくなります。

80円時代。来年は、平均で75円か?

 工業化時代の終わりです。
 
 日本の就労人口6500万人。
 このうち、約550万人が工業に携わっています。

 これから、企業の海外進出が加速します。
 世界はどんどんフラット化していきます。

 心配なのは、日本の農業です。
 今、埼玉県全土よりも広い土地が耕作放棄地です。
 
 いろいろな意味で、生存が脅かされる段階になりつつあります。
 
 これまでの「企業の雇用」を主体にして国家運営を考える見方を
 変えるときが 来ています。

 新しい文明・ 国家運営の形が、必要です。

 日本を、根こそぎ変える専門部局を、法律で設置する。
 そして、公務員のあり方まで、全部変える。
 
 これを断行しないと、先が見えません。

 今後、少し、書き込みが減ります。
 11月13日(土)に、東京で、皆神塾。
 
 あと、私のメールアドレスが、今月末で変わります。
 
 PS: 郷里で、一緒に夢を語っていた大先輩が突然、なくなりました。
    生・老・病・死  すべてが激烈化しています。
    その原因は何か? 皆神塾で、お話しましょう。

「大学は出たけれど」。 大学とは何のためにあるか?

 中国で、共産党大会開催中に、内陸部の学生たちがデモ。
表向きの名目は、「釣魚台(尖閣諸島)を守れ」で、日本排斥。

内陸の学生は、就職が難しく、北京・上海の都会に出てきても、
「蟻族」とよばれる生活を強いられます。

住居費が極端に高く、畳2条にもない空間で生息します。
会社側からは、優秀な人間でも、安給料で、沿岸部学生の半値です。
大学の先生に付け届けをして、何とかコネで就職できれば上出来です。

急いだ工業化とすべてを金銭で図る社会が、
農村を破壊し、とにかく「学歴」を、売りつけていたのです。
中国に、本当の企業家精神があるわけでありません。
それゆえ、海外の企業、海外の体験が必要だったわけです。

これは、中国に極端な形で出ましたが、実は、世界的な問題です。

大学で、何を教えたのか?

出来上がった社会の枠組みの中で、高給取りだけを目指した結果、
高給をもとめるだけで、自分から、未来を考え出せない若者だらけに
なりました。

中国では、国家副主席の習近平が、 中央軍事委員会の副主席にも
就任し、これで、次期国家主席が決定です。
これは、単に、太子党と見るよりも、 胡錦濤政権の全青聯(全国共産主義
青年同盟)による、国家の独占運営に、歯止めをかけるもの、と見るべきです。

全青聯は、都市部で大学卒のエリートの集団でした。親にも、共産党の
幹部が多く、この改革開放路線で繰り広げられた厳しい競争を、勝ち抜いた
人間たちの組織でもありました。
この人間たちは、日本の戦後を学び、輸出主導による工業化をまい進し、
そのために、海外資本も取り入れ、資本主義のあらゆる面を応用して、
数字上の経済発展を、進めたのです。

それに対し、軍部や太子党は、そうした競争に乗り切れなかったもの、あるいは、
負けたもの、さらに、もとより、そんな競争や、資本主義に、反対だった人間の
声を吸収しています。

大学で何を教えるか?
特に、人間が、その人生を生きるときに精神土台となる部分、
これは、社会に出るときの、動機付けの内容が、その後を大きく作用します。

これが一番のポイントです。

今の日本も同じでしょう。

不満を、国家大義の中で、爆発させる若者が増えると、
社会はより混乱します。

自分で、何を作り出すか・
誰から、何を学び、どう連携し、生きる現実を造るか?

全共闘時代の学生が、体制への反発はできても、何も創造できなかった
ことは、全世界が証明しています。

今は、未来を創造する、思想と行動体を、生み出さねばなりません。

単なる企業家、経済人の時代は、完全に終わったのです。
儲けを優先する企業は、財務体質を改善するために、世界中を動き回り、
よりやすく優秀な人材と仕入れをもとめ、税金や地域奉仕の負担の少ない
ところに流れます。

この企業に就職するための教育とは、初めから、多くの人間を
不用品の扱いにする運命を持っているのです。

すべての、人間を生かす社会を作り、その社会の一員になる教育ではありません。

私たちK2Oは、ここに解答を探します。

国家と文化と経済発展。

 こんにちは。 

1) 17日の日曜日、久しぶりに、田中神社に行きました。

  女性の宮司さんが結婚され、可愛い男の跡継ぎが誕生し、とても楽しい一日でした。
 このブログを観ていていた人が、静岡や浜松、西宮、藤井寺などから参拝に来ており、
 素敵な出会いもありました。
 下鴨地域に住む方も来られており、この日の昼ご飯は、出町にある漬物屋さんが開いた
 レストランでとりました。

 午後は、ジャパネスクです。

2)  「祇園精舎の秘密」 と題して、 縄文時代からの日本の精神性を話しました。
  
 あっという間の3時間。

 祇園とは、SION です。
 これは、BC1007年にベニヤミン族のサウル王が、 エルサレムにある丘で、
 王国建設を宣言した場所を意味します。  それが、 「SIONの丘」。
 これは、ヘブライ語でも、英語でも、ドイツ語でも、その発音は濁音のジーオンですが、
 明治のときに日本のみが清音「シオン」とし、ときに漢字で「紫音」「紫園」と書きました。
 ヘブライと日本文化の関連を、一般人に分からないように消したのです。

 問題は、日本列島に、その「SION」が、どうして、いつ、どのようにして入ったのか?

 このサウル王が作った古代イスラエル国は、ダビデ王(ユダ族)が引き継ぎます。
 その息子ソロモンのときに、エルサレムのSION(ジーオン)に宮殿が造られます。

 その後は、 YHWHの扱い を巡って、イスラエル王国は南北に分裂。
 さらに、北は、アッシリアに、  南は、新バビロニアに、それぞれ征服され、
 南ユダ国のエルサレム(平安京)にあったソロモン宮殿は破壊放置されます。
 復活するのは、アケメネス朝ペルシャのキュロスⅡによって、バビロンにいた
 南ユダ国のユダヤ人(ユダ族とベニヤミン族)が、解放された後です。
 バビロンで捕囚を受けていたとき、ユダヤ人はずっとエルサレムを思い続けていました。
 ユーフラティス川に沈む夕日の先に、「SION」の運命を感じていたのです。

 その後、このエルサレム宮殿は、ローマからカナンの地の統治権を認証された
 ヘロデ王(ユダヤ人ではない)によって、宮殿から要塞にまで増築されていきます。

 そのとき、このエルサレム、なかでもSIONが消えてしまうと嘆いた人間がイエスでした。

 イエスの本名は、イエス・インマヌエル。
 インマヌエルは、「神とともにある」の意味で、常に、神(創造神・普遍存在)を
 感じて生きていた人でした。

3) ユダヤ人とは、何か?  その定義は? 

  大きく分けて、 「血統」 と 「信仰」  があります。

  ヘブライ人は、皆、農耕民でしたが、 その中で、ユダヤ人とは、

  エルサレムでYHWHを神として生きた、南ユダ国の関係者か、
  それとも、 信仰上で、ユダヤ教を信奉する人間なのか、 の意味です。

  (ちなみに、分裂後の北イスラエル国の人間は、サマリア人と総称されました。)

  さらに、ユダ族にはイエスの生きたころには、すでに、3つの生き方があったようです。

 一つは、パリサイ派。
     旧約聖書(モーゼ五書・トーラー)を解釈し、戒律を決め、それそって生きる。
  
 二つ目は、 サドカイ派。
     他の部族、そして、ヘブライジン以外にも、このYHWH信仰の人間を増やそうとする。

 三つ目は、エッセネ派。
     心の中に「主(アドナイ)」を持ち、そのヒビキを感じながら毎日を祈りとともに生きる。

 それに対し、 ユダヤ教徒とは、主に、ヘブライ人以外の人間で、
   499年に、「タルムード」が編纂されてから、進んでユダヤ人になった人のことです。
  
 私たちにとって、もっとも難しいのは、
  イエスが死んだ後に、 もともと生粋のユダヤ人イエスの存在を、ユダヤ人たちが、
 ユダヤ人やヘブライの他の部族のみならず、すべての人間にとっての救世主(キリスト)
 だと、認識しだしたことです。
 その代表者が、サウロ(パウロ)でした。

 「救世主」という点で言えば、 ユダヤ人が、最初に救世主と認識したのは、
  バビロンの捕囚を解放したキュロスⅡでした。

 イエスの死は、ユダヤ人の中に、イエスを救世主とするユダヤ教ナザレ派を生み、
 ここでは、イエスの意味を、ユダヤ人を超えて「万人にとっての救世主」 とは認めたものの、

 彼の存在を、 「人間であるのか?」 、「 神であるのか?」  それとも、
 彼を救世主にした、「霊的存在であるのか?」 などなど、 多くの意見が出てきました。
  
 さらに、このあと、ローマ皇帝ネロは、ユダヤ人との戦いに6万人の兵士の派遣を決め、
 マサダ要塞が陥落します。

 ユダヤ人、そして、イエスを救世主とするユダヤ教ナザレ派は、以後、ローマ帝国の
 弾圧を受け地下に入り、イエスのことは、主として、「サカナ」として隠喩されていきます。
 これがヘレニズムの精神土壌に浸透し、ユダヤ人以外に、この信仰が広がりました。
 これを、「原始キリスト教」と呼ぶことがあります。

 イエスが「十字架」とともに、ローマ世界で浮上するのは、4世紀に入ってからのことです。
 しかし、ローマ人が、イエスを、「生まれながらの神」と、政治的に決定したとき、
 (これが、キリスト教の誕生ですが)、今度は、ユダヤ人全体が、嫌われ始めます。
 ユダヤ人にとって、イエスとは、あくまでも、神の言葉を話す「預言者」だったのです。

 ローマ帝国では、「神となったイエス」を、統治にどんどん利用します。 統治の手段で、
 最強のものは、暴力ですが、これを行使するときの理由付けに、「神」が利用されます。

 イエスに関し、 自分こそが、その「万人の救世主である、《神の子》イエス」の、
 その「唯一の代理人」と名乗りだしたのが、ローマ法王です。これは、495年のことです。
 
 これが、現在まで、続いています。

 さて、イエスの死(AD30)から、このローマ法王の正式の誕生までに、
 私たちが住む日本列島では、何があったのでしょう。

 聖徳太子は、書紀によれば、574年に生まれ、厩戸皇子とよばれました。
 そのまえに、何か、イエスを、彷彿させるものが日本には、あるでしょうか?
 
 もちろん、あります。
 そこでは、常に、中国皇帝の権威 に 対抗する意識が、貫かれていました。
 17日は、こんなことを話しました。
 是非、 猫屋さんに、申し込んでください。


4) ところで、 

 私が、国境を消していく政治哲学を考えるべき、としたことに、
 何人かの方から、異を唱えるメールが来ました。
 
 特に、文化が消える、という主張もありました。
 
  私の見方は、 日本文化の本質とは、実は極めて強い普遍性をもつもので、
 地球環境時代の現代こそ、世界人類に手本となるものだ、との理解です。

 どこの国に行っても、あるいは、私たちが暮らす地域に誰が入って来ても、
 この日本文化は、消えないし、それを消さない。かえって、真髄が出てくる。

 しかし、私たち自身が、この覚悟と、実践と、その方法論がないと、なんにも始まらない
 のは当然です。

 一方、今の日本の統治体制を見れば、日本は、不完全国家です。
 正確に言えば、 アメリカ合衆国の特別行政自治区 です。
 
 この不完全国家、あるいは、自治区ではあっても、私たちは、日本文化の守り手に
 なることができます。 それには、私たちの、強い、郷土愛が基盤であり、出発点です。 
 
 今の日本国家を、20世紀型の「普通の国民国家」に戻すとは、
 統治機能の核心である軍事力を、独自に起動できる状態を取り戻すことを意味し、
 それには、憲法改正が必要です。
 
 これには、統治の核心である国家暴力を、私たち日本人が、実際に、どう使うのか、
 誰が使うのか、それを使えるようにすることが現在のグローバル経済の中で、
 国民の幸福に、どういう影響をもたらすのか、真剣な議論が必要です。
 
 自民党時代は、こうした議論はあやふやなままでした。まず、日本の統治の実態に
 ついて、明確な認識がありませんでした。 
 戦後の日本という国家は、国家それ自体が、その統治の核心である「暴力」そのものを
 意識しない、意識させないまま、ただただ、生産活動に没頭してきた。それが日本です。
 まことに幸せな、情報空間に、私たちは、生きていたといっていいでしょう。

 しかし、今の急激な円高は、戦後覇権国のアメリカが主導した工業化が、この日本で
 完成した後に、世界中に拡散している状態を示すものです。
 今後、為替動向については、時間の進展具合は政治力の問題にもかかわりますが、
 60円に向かう流れは、止まりません。

 そこで、私たちは、将来を見据えて、覚悟を決めねばなりません。
 これまでの、大量生産による、工業化が終わっていること。

 私たちは、今、自分自身が、それぞれの立場で、何事であれ、新しい「価値の創造者」に
 ならなければならない事態に突入しているということ。
 
 これが、逃れられない、歴史潮流です。 時代精神 です。

 そして、イノチのヒビキ合いを最優先する、日本文化の本質を見極めることで、
 私たち日本人には誰もに、誰かに歓迎される価値を生み出す、大きな可能性がある
 ことが見えてきます。

 国家とは、統治体の一つの形態であり、どんどん、様態を変えていきます。
 しかし、私たちの日本文化は、この風土と、日本語とともにあります。
 国家でなく、日本文化から、どんどん新しい価値が、生まれてきます。
 国家とは、それを支援し、守り、育てる装置の一つです。
 今、日本文化を求め、育てようとしているのは、日本国家だけではないのです。

 円高時代は、私たちの日常の普通の生活が、大きな価値を持っていることを意味し、
 私たちが、地球の主役になれる時代になったことを暗示しているのです。

 今ある、目の前に広がる、経営資源を、徹底的に使い切ること。
 これには、国家とか企業の「枠」以外に、「地域」と「ネットワーク」があります。
 
 21世紀。 ありのままを冷静に見つめ、アタマを、柔らかく使おう。
 大切なのは、生きる実態に、同じ琴線で響きあう人と、嘘のない関係性を築き、
 整えること。  
 これのみのです。

日本は、国境を消していく政治哲学を言い出すべき。

 経済のグローバル化。

 この現象は、人間について、単に移動するのみならず、
 地球上のどこにいっても、歓迎され、尊敬される人間とは、どんな人間か?
 
 これを、地球全体に、問うています。
 
 そして、そういう人間が集まった政府、自治体とは、どんな運営組織なのか、
 これも、問われます。

 さて、そう考えたとき、現在のわたしたちは、どうでしょう。

 自分で、自分たちの持つ経営資源(空間、資源、時間、経験、人脈、教養、資金、など)
 を確認し、仲間たちと未来の設計図をつくって、それに従って行動してしているでしょうか?

 富を生み出すこと。
 そして、その成果をどう分配するか。

 この点に、根本的な思考・議論、そして、実験が必要です。

 国家を変えるとは、 こうした基本の哲学を整えないと、何もできません。

 そして、私たち日本の場合は、この国家(統治機能)と、天皇(地位?文化?働き?)
 の関係を再度、国民を上げて確認する必要があります。
 しかも、戦後の国家体制については、 アメリカの覇権の中で、どうなっていたのか、
 ここも、厳密に見る必要があります。

 今度の日曜、 京都に行きます。
 ジャパネスク研究会です。

 ここで、この辺も研究しましょう。

 日本が、完全に、地球全体に開かれていた時代は、
 持統が、伊勢神宮・アマテラスを整備する前の、天武の時代までです。

 6000年前から、この1300年前までの、
 4700年に、私たちの精神性は、どう形成されたのか?
 ここを明らかにすることで、逆に、桓武の平安朝や、大政奉還後の明治政府の
 性格が、浮き彫りになります。

 中国を非難するだけでは、前に進めない。
 アメリカの呪縛の真相を見極めないと、 自分の本当の力を解放出来ない。

 大いに議論しましょう。

アメリカにも中国にも、「新規の市場」は作れない。

 私の文明論の大きな柱に、

 「文明のスタンダード」 があります。

 これは、原始の状態から始原の文明が始まった後、
 人間であれば、その人の人種や民族(部族)、思想信条にかかわりなく、

 身体の要求として、生存次元の状態から脱して、文明の利器を生み出し、
 最終的に、不安なく、「快適な暮らし」を手に入れる段階をいいます。
 これが、文明のスタンダード です。

 生存次元には、   衣食住、部族の掟(最低限の教育) が、ありますが、
 その段階から、特権的な王侯貴族が、強制的に人力(奴隷)を使うことによって、
 以下の快適を得てきました。
 
 ① 一人一部屋   (プライベート空間の確保)、
 ② 常春       (空調)
 ③ 長距離通信   (電話・テレビ)
 ④ 長距離移動   (自動車、チケット予約)
 ⑤ 清潔な暮らし  (蛇口からお湯)

 これを、文明(科学技術と教育の発達・普及)によって、どの人間に対しても、 
 ハード としていきわたった状態が、 「文明のスタンダード」です。

 2010年の段階をみると、先進国と新興国の人間は、ほぼ、この段階に到達しています。 
 地球人口の半分ちかくは、ここに到達した、と見ていいでしょう。  それがまた、
 別の視点からいえば、環境問題の激烈な悪化をうんでいます。 

 このハード面の機材を大量に作り、供給するのが、工業化であり、
 そのエネルギー源として、 20世紀までは、石油が主に使われてきました。

 それが、今は、代替エネルギーが求められます。

 また、この工業化の最終過程で、情報化が爆発的に進み、
 途上国であっても、工業製品や科学技術に関し、最新情報が簡単に得られます。

 現在、名古屋で開かれているCOP10では、 地球環境で、生物の多様性保護
 が議題になり、これは、この人類のみの快適さを目指した「文明のスタンダード」の段階
 が過ぎたことを意味します。

 人間だけの快適さ 追求 がもたらした、環境悪化 と 生物種の絶命。
 
 人間個々人が、自分の「喜び」として追求した、金銭や、国家らの名誉(大義)が、
 人類自体の生存の基盤を、壊しているのでは、なんの意味もありません。

 これが、この会議の根底にある、人類の共通認識です。

このとき、 個々の国家は、この人類の生存問題に、どう関わるのでしょうか?

 特に、領土・領海・経済権益などは、どうみるのか?

人類にとって、<普遍的な価値>を自らの運営基準としない、国家や経済体は、
私たちが今後作り上げる共通のルールの中で、制裁を受けるのは当然です。

では、<普遍的な価値> とは 何か?

 ここで大切なことは、国家も、宗教(神の概念)も、通貨も、人類が作り出したもので、
 これは、私たちの成長・発展とともに、どんどん、進化・変容しているということです。
 (「神も、わたしたちとともに成長する」と考える宗教が、ミトラ教でした。)

 変容をもたらす、最大の要因は、「こうしたすばらしい実例がある」という、
 事実の情報です。

 これが、インターネットやコンピュータを使った情報環境の整備で加速します。

文明のスタンダンダード が達成された後は、一気に、情報革命が始まり、
このとき、国家と宗教が、急速に、支配的な地位を薄めていきます。
そして、通貨についても、代用物、代替システムが生まれてきます。

基準は、 すべて、個人と個人、そして個人と地球全体とが、 
ストレートに繋がりあう関係になることです。 これは、新文明の段階です。

そのとき、どう繋がるか? どのレベルで繋がるか? ここが、もっとも肝心です。

自分自身が、繋がる相手先との間で、どんなものを確認するのか?
その繋がっている手ごたえ中で、自分の魂の変化、ココロの本当の喜びを、
再度、どの次元まで、感知、感得、自覚するかに、その人間の真価が現れます。

このとき、自分の喜びが、どこまで、国家の利益と不可分なものかどうか、は、 
文明のスタンダードの中にいるか、それとも、 新文明の一員としての自覚にいきるか、
によります。

自分自身と、地域の住民自治と、国家。

この中で、国家を世界大に広げようとして、国家暴力をつかったのがアメリカ。
自国のなかに、統治できない地域・人間が多すぎて、常に国家に強権力を持たせ、
その権限の正当性のために、他国からお前たち(支配下の国民)を守っていると、
常にポーズをとらないと、体制が維持できないのが、中国です。

どれだけ人間と地球生命を喜ばせることができるか、 これこそが、その人間の名誉であり、
そうした人間を、守り育てる環境を提供するのが、進化した国家の本来の役目です。
 
そしてこのとき、国境はどんどん、消えていきます。

こう考えて、その進化した国家を、まともに実行・実現する国が、
人類と地球生命から尊敬を受けることになるのは、当然でしょう。

そして、その「喜ばせること」のみが、今後の、<市場>を生み出していきます。

「強圧」、「騙し」によって、自分の財産を奪われることを容認する人はいませんし、
そうやって得た「富」や「名誉」を、歓迎することは、まともな精神の持ち主なら、
ありえません。

だれが、まともなのか?

これを測る唯一の基準は、 現実のありようです。

戦後の日本は、人類史的にみて、極めて珍しい環境に置かれました。
国家暴力を ほとんどの国民が意識することなく、ただただ、繁栄を求め、
何が役立つか? どうすれば、もっと快適になれるか? こころから歓迎してもらえるか?
こうしたことを、 とくに、産業界が、真剣に考え続けてきたのです。

そして、製品つくりの中に生かされたのは、 目の前にいる人間、そして生き物と、
きちんと対話し、こころで、繋がろうとする感性で、 これは、縄文時代からのものです。

しかし、この感性が、地域つくりのなかでは、すっかり忘れ去られてしまってもいました。

こうした感性から生まれたもの、生きかた、やりかたのみが、新しい市場を作ります。
そして、個々の人間が集まってくらす、地域社会も、復活させていきます。

相手が如何に喜んでくれたか? そこに喜びを見出せる人間と、 
相手を困らせたり、苦しめながらも、自分が手にした利益を誇る人間と、

どちらが、魂の質の高い人間なのか、比べるまでもないでしょう。

「新文明」の時代は、 この魂の質を、皆が、その人の振る舞い・判断の中に、
感じあう時代です。

今、国籍に関係なく、 心ある人は、みな、この中にいます。
ひとたび、この視点を得たとき、もはや、後戻りは、できなくなります。

地球意志として、中国の民主化が始まった。

ノーベル平和賞が、劉暁波 氏に。

 尖閣諸島の日中対立で、中国共産党政府の攻撃性・凶暴性が全世界に
知らしめられたあとに、この発表です。

 世界第二の経済大国になったといっても、国内は、権力市場経済のワイロ社会。

私は、この3月に中国に行き、万博終了後の民主化を予告しましたが、
今回の発表で、 中国にいる4億人のネットユーザーたちが、自分の国を
どう見つめるでしょうか?

行儀の悪さと、環境の悪化。
これは、自分のすぐ目の前にある、イノチを大切にできない感性によります。

まともな人は本当にいるのですが、これが、権力と関わるとどうなるのか?

目指すべき、個人の理想のモデルを、過去の皇帝や20世紀のアメリカ大富豪に求め、
社会の発展モデルを、工業製品を大量に作り販売する、戦後の日本に求めた結果が、
これです。

地球の生命環境と 人類社会を、安定化させ、万人が大歓喜するモデルを、
私たちは、見つけねばなりません。

今の共産党政府も、それを探すのが、本来の姿ですが、 自省が足りなすぎます。
地球の意志として、「民主化」が求められるのは当然でしょう。

そして、私たち日本人は、本当に、今の自分たちの国家の姿、統治の実態を、
きちんと知らねばなりません。 
本当に独立国なのか?
もしかしたら、アメリカの中の「特別行政自治区」に 過ぎないのではないか?

それならば、民主党政権になってからあとの、すべての混迷、政策進行の絶望的
不手際、大ぼらと現実の乖離は、見事に解けて来ます。

新たに K2Oにできる、「倶楽部」では、この辺の本質も明らかにします。
(このクラブは、私と面識があるものを、対象にします。)

小沢強制起訴。日銀ゼロ金利。ベルギーでの日中首脳同士の話。

 民主党の代表選挙で、なんとしても菅を勝たす。
 そして、あと3年間。
 自分の手の中で、日本を使い切るには、小沢でなく、菅がいい。

 これがアメリカです。

対中でアセアンと日本を連携させ、アメリカのプレゼンスを強めさせ、
日本には、ゼロ金利を実現し、アメリカに資金を流させる。

日中には、それぞれ、自分の立場を主張させあいながら、
関係改善。

で、 小沢一郎の政治生命は、どうなるのか?

これから裁判に入るわけで、
マスメディアでは、被告人の扱い、となるでしょう。

これで、小沢一郎は、少なくとも、民主党員から、140人をつれて
割ることは、もうなくなりました。

小沢に、何人がついていくのか?
そのとき、自民は小沢に連携するのか?

小沢一郎という政治家を、如何に封じ込めるか、
これは、相当、深く、周到に練られた計画ではなかったか、
と、考えられます。

菅政権は、官僚とアメリカ、そして、メディアからの援軍というより、
その手の中で、動いていますね。

10月17日(日)、京都(エルサレム)です。祇園とはSIONのこと。

京都のジャパネスク研究会。
 10月は、田中神社の大祭の日に行います。

 今回のテーマは、 「祇園精舎」

 これは、 単に平安京に響いた鐘の音ではありません。

 そこには、アブラハム以来のヘブライ人の物語がありました。

http://web.mac.com/mitakue/iWeb/Site/1A645EB6-3687-4152-BA5E-78FEFC436023.html


特に、 ユダ族エッセネ派のイエスは、
エルサレムが消えることを予感して涙をながしました。

このイエスを最初、罪人としてのみ考えていた、ユダ族パリサイ派のサウロは、
アンティオキアで、心の中に出てきたイエスの声を聞きます。
そして、伝道師パウロになり、ローマ社会を、根底から変えていきました。

ユダヤ人だけの神から、地上に生きるすべての人間を救済する神に、
 このイエスの生き様を通して、神は変容していきました。

それは、カニシカ王の時代に、ミトラ教、そして、仏教と習合します。
さらに、このイエスの伝承は、中華帝国を素通りして、2世紀には、
なんと、日本列島に入り込んでいます。

今、21世紀。 もうすぐ、「力の時代」が終わります。

人を、そしてイノチを、どれだけ喜ばせることができるか、
そこに、人間社会の新たな富と、全宇宙存在からの、尊敬が生まれます。

その前に、これまでの人類6000年の、文明のツケを払わねばなりません。

日本は、その中心になれます。
いや、私たちが決意して、そうなるのです。

17日、是非、お会いしましょう。

そこでは、新しく、未来に責任を持つ仲間のクラブの立ち上げも、ご案内します。

新井信介

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
京都ジャパネスク研究会。
2010年10月17日(日)PM2-5 
場所:遊子庵
http://yuproject.com/yusian.html

会費:2500円
(終了後、交流会あり 参加費: 1500円)

info mitakue@mac.com 090-3994-7595

http://web.mac.com/mitakue/iWeb/Site/1A645EB6-3687-4152-BA5E-78FEFC436023.html

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