新井信介京の風

中国と中華

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日本発で、世界人類を主導する原理とその地位を得るには? 応神の真実を知れ!!

  こんにちは。

 まず、宣伝です。 8月18日、19日 http://chihayaburu-uji.com/blog/  塩津街道と応神の正体。

          9月30日、10月1日、 ヌナト・ツアー 南近江

1)実は8月7日の台風の日。私は私用で大阪に行っていました。その日の夜行バスで信州中野に戻る予定が、バスの運行が中止になり、やむなく大阪で一泊し、翌日、近鉄を使って名古屋経由で戻ってきました。

 このとき、その7日、実は不思議な女性たちに会いました。

  なんでも、応神天皇の霊に導かれているというのです。

 何をしたいのですか? と尋ねると、

 「日本発で、人類世界を統括したい。これが、ホムダワケの願いです」 というのです。

 日本の神社で最も多くあるのが八幡さまで、これは、いずれも実在の人物ホムダワケ(応神天皇)を祀っているものです。

 ホムダワケについては、記紀の記載と各地の伝承では、不思議で不明なことが誠に多い。

 まずその陵墓は羽曳野の誉田丸山古墳ですが、ここから、以下の北燕時代の馬具が出土しています。image    

 《国宝 龍文透彫鞍金具(りゅうもんすかしぼりくらかなぐ)

北燕は407~436までの短期王朝ですが、五胡十六国の中では珍しく、漢人の王権です。最後の王は、馮弘でした。この馮氏から北魏に嫁いだ女性が馮太后(ふうたいごう)で、彼女は高句麗の長寿王(広開土王の息子)と親しく、元は鮮卑族だった拓跋氏の北魏を、見事に中華の正統王朝へと脱皮させた功労者でした。北魏の孝文帝が493年に洛陽に遷都する裏には、「洛陽」の意味を教える彼女の存在が在ったにちがいありません。
 
 羽曳野に葬られた、応神(ホンムダワケ)と、中国王朝の盛衰が、無関係であるはずはないのですが、こうした事実は、古事記・日本書紀共に、全く記載されていません。

 日本列島に最も多くの神社があり、そこで祀られる実在の人物について、完全に大陸との関係を消している。これが、皇国史観なのです。

2)日本書紀を見てみると、そのホンムダワケの出生から即位までの全てが、奇妙な事ばかりです。

 そもそも、福岡の宇美で、新羅遠征から戻ったばかりの息長帯(神功皇后)が生んだことになっていますが、このとき、父であるはずの仲哀天皇は香椎宮の地にいて、暗闇の中で武内宿禰に殺された。以後、この宇美の地で生まれた「子」の東征が始まります。

 明石では、仲哀の次男の香坂王が待ち受け、殺害を試みますが、そこに赤いイノシシが現れ、香坂王は殺され、現在の神戸の地では、息長帯は息子の即位を願います(これが、神戸のユズルハ神社)。

 宇治川では仲哀の長男、忍熊王が待ち構えますが、武内宿禰は先に用意していた偽の武器を解除して見せ、相手の押熊王にも武装解除を迫り、丸腰になったところに、本物の武器を持って襲いかかり、押熊を以後は琵琶湖に追い詰め、自害させた。

 このとき、宇治にいた「土地の長」が、その宇美生まれの「子」を、宇治川から琵琶湖・そして敦賀まで案内したとして、後に、宇治土公の名を得て、伊勢の猿田彦神社の宮司で社家になった。

 敦賀では、その「地」にいた「イザサワケ」なる神が、この「子」の到着によって夢を見て、以後は「ホムダワケ」と名前を変え、それを祝うかのように、イルカが打ち上げられ、土地の神に「御食(ミケ)」として供えられた。

 「子」は、このときから、自らをホムダワケと名乗り、敦賀から琵琶湖に出て南下し、さらに、宇治の木幡にきて、そこで美しい娘「宮主矢枝媛(ミヤヌシヤカワエヒメ)」を得て、彼女と契って倭国の大王になって、宇治の地に都を開いた。

 ここまで、「宇美で生まれたばかりの赤子が、瀬戸内・琵琶湖をへて敦賀に行って、ホムダワケの名前を得て、宇治に戻って、その地の聖女と契って子供(ウジノワキ)をなす。」 これが、ホムダワケ、すなわち、応神天皇。

 この人物を、欽明時代の568年に、三輪山が本拠の大神氏の比義が宇佐で、「八幡神だった」と認定しました。

3)さらに、このホムダワケ=「宇美生まれの「子」」には、日本書紀では、すでに何人も兄がいることになっていて、長男が大山守。次男がオオサザキ。で、ウジノワキは、末子ということになった。これは、ウジノワキ以外は養子でしょう。ホムダワケは、末子のウジノワキが可愛いと言って後継者に指名して崩御したが、長男の大山守がウジノワキを殺そうとしている、と、オオサザキががウジノワキに教えると、ウジノワキは、奈良方面から来る大山守に対し、宇治川の船頭に化けて待ち伏せし、そこで討ってしまった。

 以後は、次男のオオサザキ(仁徳)との皇位の継承争いになった。オオサザキが淡路島から河内(八尾)に陣を進め、ウジノワキに退位を迫ると、ウジノワキは戦いを嫌って、自ら宇治川沿いの大吉山に登って自害してしまった。この事実を、インドのジャータカ神話の「悟りのウサギ」になぞらえて、土地の人はウジノワキを弔った。

4)ところで、

 このときのホムダワケですが、その陵墓は、羽曳野市にあり、誉田丸山古墳です。

一方、次男とされるオオサザキは仁徳であり、その陵墓は、堺の大山陵古墳です。

今、大阪府は、これらの古墳群が世界遺産登録に申請するが決まり、大喜びです。当然、この古墳について、今後は世界基準で考古学と歴史学から、厳しい調査・分析が始まります。

 「宇美でうまれた「子」」が、敦賀で名前を得たあと、木幡で子供をなすが、このとき、その子が末子だったというのは、他は養子ということ。死後は王位を巡って兄弟同士が争ったが、そのあとに、羽曳野や堺に巨大古墳が造られた。

これを、どう読み解けばいいのでしょう。

 今回、私は台風の中、近鉄沿線の「高安」に屋敷をもつ女性、そして、神戸の芦屋にすむ女性と一緒でした。「高安」は、今では相撲取りの大関のしこ名として、すっかり有名ですが、これが、実は、高句麗の広開土王の幼名でした。

 母にパルティア(安息)の女性をもつ高句麗王族の子供、それが、「高安」という名の意味です。この子は母といるときは、いつも「安談徳」と呼ばれていた。それが、広開土王です。広開土王の末裔が、新撰姓氏録では、難波連(なにわのむらじ)と書かれています。

 実は、応神・仁徳の時代は、日本列島と高句麗は、一体の王権だった。これが、真実です。

5)そして、その、応神の正体ですが、

「宇美」で生まれた、とするのは、仲哀が死んだときに、正式に、日本列島の中で、王位を窺える「人間」が、その存在が政治的に確立したことをさしています。その上で、その人物が、宇治のあと、敦賀まで行くことで、本人にも、日本列島にも、大きな変化をもたらした。

 この点については、霧島神宮(大隅正八幡宮)に、残された奇妙な縁起の内容が示唆に富みます。

「震旦国(中国)に、陳という大王がおり、その娘=大比瑠女オオヒルメが、まだ7歳にもならないのに、朝日を浴びて身ごもっており、殺すこともできないので、神の意志に任せるとして、船で海に流し、それが着いたところで暮らせ、と捨て去った。それが日本に着き、このとき子供が生まれ、後に八幡神になった」と。

 この縁起が書かれたのは、記紀のずっとあとで、ここには、実際に在った「事実」の伝承の上に、記紀の神代編や、卑弥呼・神功皇后のことを溶け合わせて、この物語が作られています。

 オオヒルメとは、持統による「皇祖神アマテラス」の表現よりよりも、遙か前にあった、九州いた女神の呼称です。

 この縁起では、神功皇后の息長帯とオオヒルメが集合していますが、その子が「八幡神」という点は重要です。この場合、八幡神は、元は、「震旦の血」であると示しているからです。

 ここに、大きなヒントがあると私は考えます。

バビロンの捕囚を経たユダ族が作り上げたのが、秦帝国で、これは二代で終わったが、胡亥や、扶蘇・子嬰の子孫は生き残ったと考えています。

先ほどもあげた新撰姓氏録では、胡亥の血は(キルギスで)弓月国をなし、そこから、功満王・融通王を出したと記し、その血脈は秦河勝に繋がっています。

では、扶蘇・子嬰はどうなったのか? 中国には、4世紀に「大秦」を掲げ、世界帝国の復活を試みた国と大王がいます。前秦のフケンです。東晋との対決では、383年にヒスイの戦いで敗れたが、その前、一時、幽州(北京方面)にいた、従兄弟のフラクがいた。この人物はどうなったのか?

 始皇帝によって確立した中華の皇帝権の正統性を、もしかしたら、日本列島で再現しようと試みたものが、4世紀末に、実際にいたのではないか? これが、私の主張です。

6)それを確かめるためにも、

 この秋は、日本のホムダワケの足跡を追いながら、応神祭でその「神霊」に触れようと思います。まず、

 ① 8月18日(金) 福井の敦賀にいき、気比参拝後、塩津街道をあるき、琵琶湖に出ます。

       翌日、19日(土)は、午後1時から、京阪宇治で、講演会です。

    敦賀は、垂仁時代に、ツヌガアラシトなる人物が到着した事実にちなんだ地名です。この人物は国を失った王とされますが、ユーラシアの中で、実際には、誰だったのでしょうか?   

 ② 9月15日(金)夕刻、羽曳野の誉田八幡で応神祭がありますので、これに参加します。

 そして、

 ③これは株K2Oの企画ですが、9月30日、10月1日に、南近江、ヌナトツアーです。

 

今の日本の皇室の神威は、宇佐八幡ということですが、そこで祀られる、ホムダワケとは何者か?  これを、世界史の流れの中ではっきりさせたいと思います。そこでは、YHWH・ダビデ・始皇帝・イエスなどのヘブライと、始皇帝によって確立した中華皇帝の系譜が、日本列島のもつ「神聖さ」に、どう融合してきたかを、きちんと確認したいとおもいます。 

この記事は重要です。中国のスマホは金融決済機能を充実させている。

 さきほどの、続きです。以下を読んで、どんな世界が出現するか、考えましょう。

今、まじめに、いい現実を造る人間には、最大のチャンスが訪れています。

 
 

GW明けは世界が大激変。「一帯一路」がスタート。水面下でポスト安倍が進んでいる。

  こんにちは。大分開けてしまいました。

13、14日の北信濃ツアーが終わってから、精神的に少しほっとしていたのが実態です。

14日から始まった北京でのAIIB総会のあと、16日午前に、自民党の二階氏が、習近平国家主席と直接会ったことで、一つの流れが確定したこともあります。

私は、5月9日の韓国大統領選挙が終わるころから新しい流れがはっきりすると書いてきましたが、それが、安倍晋三首相の親書を、習氏が受け取るという形になって表れました。

AIIB、そして、「一帯一路」構想は、人類の文明を新しいステージに誘うものです。「FRBの米ドルを基軸に構成された戦後の世界経済システム」が破綻しかねないという危機に対し、2012年に、それにどう対処するかを世界銀行を中心に検討し、その対策の措置が、一応、完了したことを意味します。

 あのときの危機に対しては、やるべきことして、以下の二つあったようです。

①世界最大の人口と外貨を持ち、過剰生産になっている中国の人民元を上手に組み合わせ、新システムを築く。

②米ドルでの経済破綻の前に、自分たちの経済的利益(株主利益)を優先し、第三次大戦を目論むものがいるので、彼らの野望を阻止し、その非人間的な文化素養も根絶する。

これが2013年から発動していました。

皆さんもすでにお気づきのように、②にみる、「世界大戦をしてでも、自分の金銭の利益を守ろうとする」ものが、ISIS  をつくっていた。しかも、彼ら秘密結社の最高位のものたちは、自らが特殊な血を持つ人種で、神から特権が付与されたスーパーエリートだと自負して、宇宙進出を目指し、イノチの母体である地球の生命環境が壊れることも意に介さなかった。当然、個々の生命を軽んじ、人間の尊厳も無視する、猟奇的な文化習慣も持っていた。

 悪魔のような彼らの企てを横で見て、人類全体の行方を変更すべく、神剣に行動を始めた、真の知性がいます。彼らの命がけの行動を始める合図になったのが2013年4月のオランダ新国王の即位式でした。そこから、全てが、人類文明の大転換へと動き出していたのです。

それが今年の4月29日、日本での「緑の日」、昭和天皇の誕生日に、一応、大きな流れで決着を見た。この日、安倍首相はイギリスのロンドンいましたが、初めて、人類の置かれている現実とその具体的対処課程に気づかされたようです。

 私はこう考えています。(その流れを5月の皆神塾で話し、今、DVDで販売しています。)

上記の①で、中国主導のAIIBと「一帯一路」のユーラシアハイウェーに、日本銀行がADBとともに参加する方針が決まったのが、5月2日ADBの横浜会議でした。

2012年12月に安倍晋三を総理に復活させ「日本を取り戻した」人間たちは、本来、日本に領有権がない尖閣問題で、南沙問題も合わせて中国包囲網を仕掛けていましたが、これが、まるで、空振りだった。もはや、平和的に一緒にやるしかない。

 そう、決定したのです。

それが、習近平あての親書を、二階氏に託した意味です。

5月14日、北京での会議の始まりに合わせて、北朝鮮はまたまたミサイルを飛ばし、今度は高度が2000キロ以上まで上がったと防衛省は大騒ぎです。これは、北の金正恩にすれば、アメリカまで大陸間弾道弾を飛ばすることができる、としたもので、アメリカは嫌々ながらも、ますます北朝鮮に対し、対決姿勢よりも、なだめて和解する方向になっていくでしょう。

で、面白いのは韓国からのコメントです。今回、新大統領にノムヒョン元大統領の片腕だった、文寅在氏が選ばれたのですが、「北のミサイル情報では日本が一番正確だ」との声が出てきたことです。まあ、当たり前ですよね。

 戦後の満州の亡霊が、北朝鮮にも、日本の軍産複合体にも、中国の瀋陽軍区にもいて、そこが、上述した、第三次大戦を目論む「頭のおかしいスーパーエリート」に、いいように使嗾されていたのが、戦後の70伝年間だったのですから。

 トランプを押し立てたグループは、今、彼らの動きをつぶしているのです。

それになのに、トランプが1月20日に大統領に就任しても、ちゃんと仕事をしなかったのがFBIの長官だった。だから、トランプは首にした。

今、一般のマスメディアでは、保護主義か、自由貿易か、で世界を見るようですか、これは表面の皮相です。

 マネーに関し、きちんと管理し、「略奪」型から「育成」型に変えよう。これが、金融ワンワールドの合意事項です。その意味でも、ユーラシアには、巨大インフラ需要がある。そこに活かそう。

問題は、日本。大きな希望の星ではあるが、今の日本国内の政治行政システムは、どうなのか? と。

これは、フクシマに見る原発政策と関連します。被災者にマネーを配るだけで、全く問題ないとする嘘を言ったまま、強引に憲法改正したい。こんな人間が経済界の主流でしたが、イギリスからの帰国後、5月3日に、安倍総理はビデオメッセージを出しました。 ・・・なんで、出席しなかった?

 そのメッセージでは、自民党の結党当時の綱領である憲法改正について、タイムスケジュールを言い立てて政治的イシューをにすることで、森友学園や加計学園事案から逃れたいとの目論みだったのでしょうが、これは、どうみても、うまくいかない。

当たり前だ。第二次安倍内閣が、おかしなことをしてきたのは、明々白々な事実だからだ。

だから、検察に対し、財務省の姿勢を刑事告発する動きが始まった。

GW明けからは、日本のメディアも空気の変化を感じだした。

そして、日本国内の政治も動き出した。「安倍一強」が揺らぎだした。

自民党のなかで、かつての田中派と、大平派が、それぞれ多数派工作を始めている。

安倍晋三と原発マフィアは、2015年9月に大飯原発の差し止め判決出た後、それに対抗し、内閣人事局をつくって官僚を全て従えてきたのですが、トランプとのフロリダ会談以後、それがどう見てもおかしいと次つぎと事実が明らかになり、秘密兵器「アッキー」と、国家戦略特区について、ようやく、司法がまともな判断を下す日が、近づいています。

一方、「一帯一路」のユーラシア・ハイウェーでは、日中韓の東アジアと西欧のスペイン・ドイツを結びます。中国大陸では鄭州と宝鶏が重要拠点。そして、キルギスのすぐ北にある、カザフのアルマトイが忙しくなるでしょう。

行ってみたくなりました。そのすぐ南に、私が大好きな湖、イシククルがあります。

中国は、視野を地球大に広げた国際政治での戦略は長けていますが、インフラ工事や、接客、環境対策など、現場の動きは、いつもかなり乱暴です。ここに、私たち日本人のきめ細かさと、相手を思いやる心が活かされます。

中国は政治大国ですが、どうもこの3年間、習近平の汚職撲滅がかなり効力を発揮し、しかも、国内での金融の不正、さらに、偽札についても、コンピュータをつかって、かなり、しっかりと管理を進めているようです。この参考ブログを別掲しました。

すでに、中国全土でスマホが8億台以上普及し、しかも、そこに、金融決済機能もあり、都市部での買い物にほとんど現金がいらなくなっていると言います。これは、まるでSUICAが組み込まれたATM直結のスマホで、そのまま、どの店でも買い物ができるようなものです。しかも、ネットで人気店を探したり、インチキを告発したり、クラウドファウンデイングに応じたり。

 政治的な作為が入る脆弱な金融システムと、偽札の横行に対し、国家としてきちんと対応している内に、とんでもないところにまでネット社会が進んでしまったのかも知れません。

そういえば、アメリカのGPSのバックアップ用として造られてきた中国版GPS「北斗」は、すでに、アジア全域をカバーし、2020年には全地球をカバーします。

一方、アメリカは、今、これまでの電子システムの中にある「不正」をたたき出そうとしている最中ですね。

 まとまらないまま、いろいろ書きすぎました。今日はこれで終わりにします。

沖ノ島のみが世界文化遺産。世界知性は日本書紀「宗像三女神」はファンタジーと知悉する。

 こんにちは。 まず、以下の額、分かりますか? 宗像大社の本殿にあります。

  神勅 写真

九州の宗像・沖ノ島について、これを、世界文化遺産とするかどうかで、ユネスコの国際記念物遺跡会議(イコモス)が以下の姿勢を発表しました。時事ニュースです。

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「沖ノ島」世界遺産へ=ユネスコ諮問機関勧告-7月正式決定

 文化庁は5日、「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」(福岡県宗像市、福津市)について、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の諮問機関の国際記念物遺跡会議(イコモス)が世界文化遺産に条件付きで登録するよう勧告したと発表した。7月にポーランドのクラクフで開かれるユネスコの世界遺産委員会で正式決定される見通し。

 登録されれば、国内の世界遺産は21件(文化遺産17件、自然遺産4件)となる。
 「宗像・沖ノ島」は、九州と朝鮮半島の間に位置し、島全体が信仰の対象とされる沖ノ島(宗像大社沖津宮)のほか、別の離島である大島や九州本土で共通する祭祀(さいし)を行った宗像大社の中津宮と辺津宮▽大島から沖ノ島を拝む沖津宮遙拝所▽祭祀を担った豪族宗像氏の墳墓「新原・奴山古墳群」-の資産で構成される。
 イコモスはこのうち、沖ノ島と付随する三つの岩礁(小屋島、御門柱、天狗岩)のみを登録し、他の資産は除外するのが適当と勧告。名称も「『神宿る島』沖ノ島」に変更するよう求めた。
 

世界文化遺産への登録を勧告された沖ノ島の宗像大社沖津宮社殿=2016年9月、福岡県宗像市

  沖ノ島では4~9世紀、朝鮮半島や中国大陸との交流成就や、航海の安全を祈る大規模な祭祀が行われた。朝鮮半島からの金製指輪や、ペルシャからもたらされたと考えられるカットグラスわん片など約8万点の奉献品が出土。全て国宝に指定されている。

 今も女人禁制などの禁忌が残る。上陸は厳しく制限され、許された場合も着衣を全て脱いで海に入り、みそぎをしなければならない。
 イコモスは、沖ノ島について「古代祭祀の記録を保存する類いまれな『収蔵庫』」として考古学的物証の価値を評価。

一方、他の資産の価値は「世界的とは認められない」と判断した。今も信仰が継続していることを価値として挙げた日本側の主張は、沖ノ島も含めて「正当化されていない」と退けた。
 6日未明に記者会見した文化庁の大西啓介記念物課長は「厳しいものだった」と話した。今後、勧告通りに資産を絞り込むか、全資産の登録を目指すかなどの対応を福岡県や関係機関と協議する。
 世界遺産をめぐっては、政府が2018年の登録を目指して「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」(長崎県、熊本県)を文化遺産に、「奄美大島、徳之島、沖縄島北部および西表島」(鹿児島県、沖縄県)を自然遺産に推薦している。(2017/05/06-05:47)

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 沖ノ島の「収蔵庫」としての考古学的な価値は「類い希」と認めるが日本側が主張する「信仰が維持している」とする価値は、「正当化されていない。除外するのが適当」と、はっきりと否定した

 沖ノ島には、4世紀後半から、9世紀までに、多くの宝物が運び込まれました。

ここには、大陸(半島・大陸・ペルシャなど)のものもあれば、日本列島のものもあります。

この沖ノ島と対比される遺跡に、壱岐の原の辻(はるのつじ)遺跡が在ります。こちらには、4世紀の前半までの遺物が出土します。こちらには居住地域も在り、明らかな中継地で、そこでは、王権の正統性(価値の基準)として、後漢~晋時代までの大陸の都である、洛陽を向いていました。つまり、日本列島が、中華皇帝を権威の中心とした、中華文明を吸収していく過程が見えます。

 それに対し、沖ノ島は、その中華の渦に巻き込まれながら、日本列島の価値(これは縄文からの霊性)で、巻き込み返すときの最前線の拠点になりました。

 4世紀の中頃~後半は、ヤマトタケルの時代から、ホンダワケ(応神)の誕生にあたります。

そして9世紀の終わりとは、894年に遣唐使が廃止されたように日本に国風文化が完成したときです。 

この間、500年以上にわたってどんなドラマがあったか、それを、考古学による実証主義で、冷静に事実史を明らかにするのが、本来の科学的な作業ですが、そこに入らせない効果を持つことになったのが、皇国神話です。これが明治の近代日本で特に強調され、そのまま現代に至っても存続してきたのです。

 「玄界灘を越えたら、それは邪の着く世界」 こう言ってきたのです。

沖の島を、女性禁止の禁足地にするというのは、そこで、人間としての生活を営ませなくすることでした。日本列島各地に神域があり、それらは自然霊や祖先神などと通じる場でしたが、この沖ノ島は、それまでの大陸との繋がりを最初は記念しながらも、徐々に遮断していき、日本人のアイデンティティーを形成するときに、きわめて大きな作用をしてきました。

簡単に言うと、日本人が列島に籠もってガラパゴス化していったときの、最重要拠点。

この点を、今、ヌナトレポートに書いています。

そして、中華皇帝と対抗して、日本列島の独自の価値で、それまでの全ての文明の利器を捉え直す、その中核にあったものは、一体、何でしょうか?

 それが、縄文と弥生を融合させたチカラです。その象徴が、八尺瓊勾玉

その場所は、北信濃です。そこから、日本列島の原初王権「ニギハヤヒ」が生まれています

 今週末、ヌナトツアーでは、それをはっきりさせます。

海人族の拠点だった宗像大社の本殿に掲げられた神勅「奉助天孫而 爲天孫所祭」が何を意味するのか、これが現代日本の、政治問題にもなっている日本会議の拠点・住吉大社、さらに、高市皇子、天武の晩年につけられた年号「朱鳥(あけみとり)」にどう関係するか、大いに語り合いましょう。

「金汁(きんじゅう)」って初めて知った。ネットは、ミトラ思想現実化の第一歩。

 トランプと習近平がフロリダで会ってからの一ヶ月。

いろいろありました。

戦争になると大騒ぎしていたのは、テレビの電波芸者と自民党関係者に多かった。いわゆるネトウヨも。

 GWにネットゲリラやろうぜ、といっていたブログ。滅茶苦茶、おもしろい。

 http://my.shadowcity.jp/2017/05/post-11054.html

前回も指摘したとおり、このブログは下品ですが、集まってくる人間には大変な教養人が居ます。

そこで私は、掲題の言葉を知りました。何でしょう?

またトランプ政権が、なぜ中国の習に期待するのか、も参加者の議論を見て、よく分かります。

ごらんになってください。笑いの連続でした。(無責任議論ですが、これは、ミトラによる現実つくりの入り口)

ですが、この中で、今や世界一有名な交差点になった渋谷の駅で、大変な事態が、1日の深夜に起きていたことも紹介されています。デンデン安倍のビデオメッセージは、その頃に収録されたのでしょうか? 

 明日は、東京で、皆神塾。 新井流の解説をいたします。

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プロフィール

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新井信介(あらいしんすけ)

長野県中野市で昭和32年(1957年)にリンゴ問屋の息子として生まれました。 日本の歴史に圧倒的影響を与え、しかも、世界でもっとも多くの人間の住む国、中国と 商売しないのはおかしい、と、東京外国語大学の中国語学科に進んだ後、 今度は、世の中の現実と構造を知りたい思い、商社に入り、北京駐在員として 自動車・電気機関車などの輸出、さらに、本社では経済協力案件を担当しました。

しかし、88年秋、プラザ合意に始まったバブル経済が過熱していく中、昭和天皇が倒れ、 「金儲けどころじゃない、日本がおかしくなる」と、世直しを決意して退社。 日本の政策転換とバブルの早期処理を訴えましたが、結果は、「失われた20年」になりました。 98年から、「世紀末の大転換」を確信し、著作と講演を進めてきました。


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