新井信介京の風

信州中野

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白井さんのバール・クリシュナ・パワー。予想通り、本物でした。

 こんにちは。

 昨年4月に上越高田で、花見の会をしたときに、ゲストで来ていただいた白井さんから電話。白井さんは音響技術者で三味線の名手。すでにリューマチが完治するなど、顕著な成果が出ていましたが、美容に関しても報告がありました。

 白井さんのブログに載っていましたので、紹介します。

http://ameblo.jp/balkrishna/

 

 心の中に、何を持つか? 何を描いているか? 実在する、隣のイノチや人間を どう見ているのか?

 そして、

 自身のカラダの中に、何を入れるか?

 宇宙からは、どんな情報やエネルギーを、キャッチしようとしているのか?

 心(MIND COSMOS) と カラダ(MICRO COSMOS)と 宇宙(MACRO COSMOS) を、

 どんな響き(周波数)で、共振させるか、

 これが、全てですね。

 私はこの前の日曜日、地元の「高社山を世界に発信する会」の仲間と、その高社山に登りました。

事前に予備運動を余りしていなかったため、山頂付近で休憩後、ふくらはぎが少しツってしまうことがありましたが、翌日からは、全く快適です。  

 翌、月曜日は、中野市のNPOの実験イベント『アグリツーリズム・・・農村生活が観光になるか』に参加し、ここでは、地元の思わぬ名物を知りました。場所は、「”故郷”のふるさと」=中野市豊田です。地元の名産の「ボタンコショウ」と豆腐の料理もおいしいのですが、このとき、アカシアの花が食べれることを知りました。三倍酢でもいいし、塩をふっていもいい。

今、地上に在る植物は、一年で、一番生命力(勢い)のある時期で、これを、花で丸ごといただいたので、体調はすこぶるいいです。 

腸の調子が良くなり、頭もさえてきて、複雑怪奇な、世界と日本の動きもだいぶ見えてきました。

日本の場合、最大最強の岩盤規制とは何か? ここが最も重要ですね。 

 これが、原発マフィアが作り上げた、エネルギーと医療の体系です。

 この件は、重たい話なので、別に書きましょう。 

 

PS:前川喜平さんの勇気ある発言が影響したのか、「いじめ」について、学校側の姿勢が変わりだした気がします。

縄文遺伝子が解明されている。音・響きでの情報交流。

 先ほどの続き。

 これが、縄文遺伝子を解き明かした、NHKの番組です。  

 
 まだ、文字情報がないとき、どんな情報交流だったのか?
 
 文字は、6000年前にシュメールで確立し、4000年前には、中国大陸で、漢字が生まれます。
文字は、概念をつくりだす道具でした。
 秦の始皇帝が、文字を統一したとき、すでに中国大陸では貨幣経済が発達し、私有財産も生まれていました。
 
 さて、その頃の日本列島は、一体、どうだったのでしょう? 
 
 このことを考えながら、私は先週末は、再び、「項羽と劉邦」をDVDで何時間も見ていました。
世界中に散らばる、中国語圏の人間にとって、その文化的アイデンティテイーの核となる皇帝誕生 とその継承の起源の物語です。
 
 中国語で登場人物の会話を聞きながら、劉邦たちが秦の首都の咸陽に入ったり、鴻門の会での危機突破、そして、韓信が漢の大将軍に抜擢されていく場面など確認したのですが、本当よくできたドラマで感動しまくりでした。このドラマでは、2200年前の大陸の空気がよく分かります。すでに文字もあり、鉄器も普及し、人間社会での、権威も尊厳も十分に意識されていました。
問題は、そのときの日本列島です。どのような手段で情報が交換され、そこでは、果たして、王権が生まれていたのかどうかです。
 
 徐福が始皇帝の下を離れて以来、日本列島の西側に、どんどん漢字文化圏の人間が入りこみますが、 では、この音での情報交流する人間は、その流れに、どう対抗していたのでしょう。
 
これが、重要だとは思いませんか?
 
今回、5月の北信濃ヌナトツアーでは、中野市博物館に加え、木島平で、渦巻き紋鉄剣を見学したのですが、これが、朝鮮半島南部の伽耶地域に、特別に、注文して造られたものだと、知りました。
 
   
北信濃に、半島にいる先進技術をもつ勢力に、この鉄剣を特別注文をするだけの力がもった存在がいたのです。
さて、それは何か? 
 
それが、どのようにして、今の皇室の権威に繋がっているか、ここを研究しました。
 
このとき、高社山の北側(裏側)にある、飯山の北竜湖と、糸魚川明星山(ヒスイ鉱石の塊)の下にある、高浪池の関係が重要でした。
 
この成果は、次回6月17日(土)に東京三田で開かれる研究会「地球史から見た天皇誕生」の中で、解説いたします。

【ご案内】新井信介先生の 『瓊音・古代史ツアーin長野 ~隠された北信越・長野の歴史を探訪する』 のご案内...北信濃の「日本建国」に纏わる、もう一つのドラマを蘇らせます!!

 北信濃の歴史舞台というと「戸隠」と思っていませんか?! 実は、それ以外にも様々な歴史ドラマが眠っているのです!! 

 新井信介先生が、北信濃の「日本建国」に纏わる、もう一つのドラマを蘇らせます!!

 《概要》:

前漢武帝の軍勢が列島に入ることで壊された縄文のヒスイ・スピリチュアルネットワーク。その反動で日本列島に原初王権「ニギハヤヒ」が誕生した。その地は北信濃の高社山の麓

王権が関西に移るとき、イノチのヒビキを護る「玉の巫女」は、吉野にも拠点を設けた。 

3世紀、ミマキイリヒコ(崇神)に王権が譲られる時、北信濃から認証を与える使者が来た。

この事実は日本書紀の中で、「神武」の弓に金鵄鳥が飛来して停まった故事に示されている。 

北信濃は縄文と弥生が音とヒビキで融合した地で、そこに、征服者ヤマトタケルは入れなかった。オオドやウマヤドを呼び込むときに活躍した蘇我氏は、この地に拠点を持っていた。ウマヤド死去を聞いた刀自古郎女は、祈りの場を設けた。それは善光寺の大本願になった。山背大兄皇子が死去したときには、宝皇女(皇極)は、その地に伽藍を造らせた。 

天武が唐の高宗との対決を決意する680年、部下の役小角を派遣し祠を建てた地がある。高社山の北、北竜湖の近くの小菅神社だ。ここは森の精霊や縄文からの女神と出会う場所だった。このあと、天武は、戸隠に、籠城先となる都の建設に入った。 

そして持統が吉野に通って皇祖神アマテラスを造り出し、不比等とともに軽皇子(文武)を天皇にすると決めると、海人族を母に持つ高市皇子を殺めてしまった。世界と繋がる海を、列島を護る防壁とし、その中で家族の如く、イノチが溢れ返える国にするとの決意だった 

このとき、宮廷歌人だった柿本人麻呂は、小菅神社の地を訪れ、次の歌を残した

「浅葉野に 立ち神さぶる菅(スゲ)の根の ねもころ 誰が故 わが恋いなくに」 

大宝律令ができ日本国となり、記紀が編纂され、首皇子(聖武)が即位すると、后となった光明子は悲田院を造ったが、彼女が、重症の癩病(らいびょう)患者の膿をみずから吸ったという伝説が生まれた地は、小菅神社の奥の野沢温泉だった。 

飛鳥・奈良、そして、京都では、朝廷では、常に権力が争われたが、万物に宿る根源のイノチの光を感じ取る、平等なる慈愛の心に、自らが気づいた貴人たちは、この北信濃の地を訪ね、人間界の汚れを落とした先の、時空を越えた融和のヒビキに浸ったのではないか?

中野市の南照寺には、花山法皇の歌が残されている。

「みすずがる 信濃の奥の 松川の 清き流れに みのり 流して」  

《新井信介先生の 『瓊音・古代史ツアーin長野 ~隠された北信越・長野の歴史を探訪する』 のご案内》

(どなたでもご参加いただけます!!)

今般、新井信介先生のご案内・ご説明による『瓊音・古代史ツアーin 北信越・長野~隠された北信越・長野の歴史を探訪する』(12日)を開催することとなりましたので、ご案内 させていただきます。 

なお、次のリンク先からは、PDF版案内書をご覧いただけます。→ 170308_レター_瓊音古代史ツアーin 北信越・長野_案内書.pdf

歴史、特に古代史といいますと、そのドラマが展開されるのは京都や奈良というイメージを払拭 することは難しいでしょう。しかし、歴史のドラマは、京都や奈良意外でも展開されていたことは、新井信介先生のお話を聞かれたことがある方なら誰でも容易に想像できるでしょう。 

今回は、古代史のなかでも「日本建国」にまつわるもう一つのドラマが京都や奈良ではない   「北信越・長野」で展開されていたのだ、ということを新井先生にも同行していただき、説明を直接  聞いていただきたいと思います。「日本建国」ということで、中心となる時代背景は、記紀が成立 した7世紀後半から8世紀の始めの天智~天武~持統の頃が中心となります。 

また、訪問先(現地)での説明に加えて、初日の夜には、新井先生の講義の時間を設けさせて  いただきますので、新井先生のお話をじっくりと聞いていただけます。また、初日の夜の講義終了後についても、いつものことではありますが、古代史以外の事柄についての新井先生の体力の 続く限りご質問などをしていただけます。 

今回の「瓊音・古代史ツアーin 北信越・長野」の日時や内容等を以下ご案内させていただきますので、 参加を希望される方は、以下記載させていただく連絡先まで、電話・FAXあるいはメールなどご連絡いただけたらと思います。

どうぞよろしくお願いいたします。

ツアー名: 『新井信介先生の『瓊音・古代史ツアーin ・北信越・長野

~隠された北信越・長野の歴史を探訪する』』 

日時     2017513日(土)~514日(日)(12日) 

目的地  北信越・長野 

内容     記紀が成立した7世紀後半から8世紀の始めの天智~天武~持統の頃が中心

ご説明させていただきます。 

日程(案):               

513日(土)

13時頃にJR北陸新幹線「飯山駅」に集合。 

貸切観光バスにて、中野市、飯山市を視察。宿泊先の野沢温泉村に向かいます。

視察場所は:「中野市立博物館」「小菅神社」「北竜湖」「常盤屋(外観)」

視察後、宿泊する「ハウス・サン・アントン」へ。

夜は、夕食をはさんで新井先生の講義とQ&Aを行います。

(注)「JR飯山駅」に集合する際には、昼食を済ませてご集合頂きます。 

514日(日)

830分頃旅館を出発。

「戸隠神社」(奥社、中社等)視察       

戸隠神社見学後「長野市内」へ向かう。

長野市内で「昼食」。

15時頃(JR長野駅)にて解散となります。

(注)昼食後、時間に余裕がある場合は、希望者で「善光寺」などを視察。      

費用     38880円(消費税込み)を予定しております。 

()上記に含まれるものは、宿泊代と食事代(夕食1回、朝食1回及び2日目の昼食)、貸し切りバスの費用、訪問する施設の拝観料等、ならびに講義の資料代等となります。

ご自宅から集合場所(JR飯山駅)まで、また長野駅などで解散後のご自宅まで等の  往復の交通費は各自ご負担をお願いいたします。 

募集人員: 25人を上限とします。 

参加の可否 

参加の可否につきましては、FAX(添付の用紙をご使用ください)あるいは電話・メールのいずれかの方法にて事務局(室伏)までご連絡ください。

また、その他、何かご質問等ございましたらご遠慮なくご連絡ください。

                            TEL03-3548-1025 FAX03-3548-1026 携帯:090-5804-5078                                                               E-Mail: akimasa-murofushi@jcom.home.ne.jp

     ◎次のリンク先には「FAX参加申込書」が添付されていますので、ご利用ください。  → 170313_レター_瓊音古代史ツアーin 北信越・長野_FAX参加申込書.pdf

     ◎次のリンク先では「PDF版案内書」をご覧いただけます。→ 170308_レター_瓊音古代史ツアーin 北信越・長野_案内書.pdf

<補足説明>: 宿泊先 『ハウス・サン・アントン』 について 

宿泊先は野沢温泉村の『ハウス・サン・アントン』です。

こちらは、ご主人がスキーで冬季オリンピックに2回出場された経験を持っていることなどからスポーツ選手や芸能人などにもよく利用されている宿です。

特に、評判なのはその料理です。奥さんが地元・季節(旬)にこだわったメニュー作りをしていることや、やはり元スキー選手の息子さんがイタリアに料理留学をしていることなどから、その食事はかなり評判です。

併設されているショップでは奥さんこだわりの添加物なしのジャムなども販売されています。

また、野沢温泉ですから、「外湯巡り」なども含めて温泉も楽しんでいただけます。 

「ハウス・サン・アントン」(Hotel Haus St.Anton)という名前は、はオーストリアのSt.Anton村から名前を頂いているそうです。ヨーロッパの趣きを感じさせる内装や、全部屋が違う表情を持つ、アットホームな雰囲気の宿です。

『ハウス・サン・アントン』(Hotel Haus St.Anton

389-2502

長野県下高井郡野沢温泉村大字豊郷9515

Tel: 0269-85-3597 / FAX: 0269-85-3963 

170314_正面写真_dsc_1129.jpg

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103-0028 東京都中央区八重洲 1-6-14 ISO八重洲 3F

株式会社K2O

代表取締役 室伏 昭昌

TEL033548-1025 FAX033548-1026 Mobile09058045078

E-Mail: akimasa-murofushi@jcom.home.ne.jp

URL:http://www.k2o.co.jp/

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今日は統合医療愛好会の発会の話をした。口に入れるのは、「毒か、薬か」どちらかしかない。

 こんばんは。

東京での打ち合わせや、講演を終えて、北信濃に戻る。

今日は、統合医学愛好会の話を、地元の仲間と話した。

 何を食べるか?

きちんと、医食同源、薬膳、を考える。

 

 基本的に、体内に入れるものは、 それが、体の生命活動に、いいものか、どうか?

 

 つまり、  「毒か、薬か」 のどちらかしかない。

 

 ナマの生きた細胞を、食べる=摂取するのが、いちばんいい。

 しかし、

 今の日本列島は、どこに行っても、薬漬けの加工食品だらけ。

 さらに、放射能漬け。 水も、空気も、土壌も。

 

 そんな中でも、未来に向けて、毎日を、生きていかねばなりません。

 生命エネルギーは、 食事の成分と、 宇宙エネルギーの共振 のみ。

 

 生きている環境・住まい・食・考え方・・・これらが、すべて、健康に導かれるかどうか。

 

 本気で、統合医療をするときには、最低でも、「311」から、どこにいて、何を食べてきたのか、

 その食事の入手先や、提供者を、なるべく正確に、突き止めておく必要があります。

 そして、最低でも、3か月、完全に、クリーンな、食の環境を整えないといけません。

  放射能が少ないこと。 添加物を完全に避ける。 農薬もゼロにする。

  毎日、温泉に入る。 多くのミネラル・ビタミンをとる。  リンゴ、ニンジンを欠かさない。

  基本的には、コンビニやスーパーの加工食品、総菜、白砂糖を全部やめる。

  伝統食にする。 いい材料の手作り料理のみにする。

 

 今後の寿命に関していえば、 

 ①2011年の「311」のあと、特に、3月21日に、どこにいたか、ここが重要ポイント。

 ②この年から始まった、政府がすすめる「食べて応援」に、積極的に参加したかどうか。

 ③瓦礫焼却の付近にいたかどうか。

 この3つで、ほぼ大勢は決まってしまいました。

 もし、心当たりがあれば、今すぐにも、自分が住む場所と、食べ物から、ノンベクレル化に徹底すべし。

 さらに、毎日、いつでも、心がけなくてはならないのは、 自分が、飲んだり、食するのは、

  「毒か、薬か」そのどちらかしかない、という自覚と、その都度の選択での覚悟です。

 

 この自覚をもとに、自分で、自分の肉体を、調節していく。

 自分で療養していく。

 これが、統合医療のもっとも基礎になる考え方です。

 

 愛好会では、実践の仕方や、良質食材の入手方法などの体験と知見を情報交換し、その場で、自分の健康を増強していくものです。 これには、どんな音楽や旅行・体操がいいのか、も加わります。

 ノンベクレル化も、できる限りしながらも、もっとも重要なのは、自分の体質、特に、免疫力を高めること。

 私の実家を、その寄合の場所に、することにしました。

 ネットでの発信も行い、信越自然郷の一環として、この場所を、生かしたいとおもっています。

 地元の、おばちゃんたちによる、手料理が楽しみです。 おいしい漬物もありますし。

 温泉三昧なのは、当然ですが、励ましあう、仲間が絶対的に、不可欠です。

 統合医療の先輩・重鎮たちの指導を、いつでも、受けれる体制にしたい と考えています。

きっと陛下が研究した「皇居のタヌキ」には、裏論文がある。すごい決意とお茶目なエスプリ。

 やはり、このお方は、本当にワールドクラス。 

「皇居に生息するタヌキ」の「果実の取り方」の「長期変動」を研究され、論文にまとめられた。

このニュースを、きちんと解説したのが、ロシアの報道。 

「明仁天皇が皇居内に生息するタヌキについての新たな研究論文「皇居におけるタヌキの果実採取の長期変動」を発表。宮内庁は論文は国立科学博物館発行の研究報告に共著で掲載されたことを明らかにした。

© 写真: JOHNNY LAI 日本で家族と一緒に暮らすロシア人ママの生活(写真、動画) 明仁天皇は5年にわたって毎週、御所近くにあるタヌキが糞をためる場所から糞を採取し、これを調査された。その結果、残飯を漁る都市部のタヌキとは異なり、糞からは昆虫や木の実が多く見つかった。 明仁天皇がタヌキの食性に関する研究論文を発表されるのは2008年に続いてこれが2度目。 先に伝えられたところでは、日本の天皇の退位の可能性を審議する政府委員会が17日に最初の会合を開く予定があるという。」

続きを読む: https://jp.sputniknews.com/japan/20161007/2871184.html


さて、みなさん、この報道、面白いですね。

皇居に生息するタヌキ。 これは、暗示ですね。

 陛下は、「生前退位」の揺るがぬ「ご決意」と、皆を笑わす大変な「お茶目」を、お持ち合わせですね。 しかも、それを、ロシアは、全部、受け止めていますね。

タヌキって、これ、宮内庁や、高級官僚、明治以来のおセレブさん、ゼネコン、戦後の戦争屋と、その手先で、いつの間にか、日本の権力層の「弱み」を握ったの半島出自の闇の住人達、全部でしょ。

28年前のご即位以来、陛下は、彼らの「のぼせ上り」や勢力分布の推移を、しっかり見つめ続け、さらに、時に、おだてているうちに、彼らは、エサ(マネー、特権)を食べ過ぎて、「ホ」も無視してでもさらに食べ続けようとして、未来を捨ててしまっているうちに、自分の姿が、さらされてしまった。

 これが、見事に、日本人なら、誰もが知っている歌 に なっています。

みんなが知っている唱歌『証城寺の狸ばやし』。

この歌詞が、意味深で、今、バッチシ、はまっています。

これを知っていて、陛下はここ数年、「タヌキ」の研究をなさったのでしょう。本当に、お見事です。 フランス人も真っ青な、ユーモアを超えた、歴史的なエスプリですな。

このお方が、226事件以来、どのような運命を背負われて来たのか、に思いをはせますと、ますます、好きになりました。 

なお、この「タヌキバヤシ」の歌の作曲者は、中山晋平で、私の郷里、長野県中野市の出身です。この歌を記念して、「ポンポコの湯」があります。 そのすぐ下の日野学校の前に、私がよく通う、10分で売り切れる農産物直売所があります。

  http://www.worldfolksong.com/songbook/japan/shojoji.htm

和尚さんに負けるな!タヌキの決死の腹鼓

ある秋の晩、證誠寺の庭で何十匹もの狸がポンポコと腹鼓をしながら楽しそうに踊っていた。これを見た和尚さんが負けじと自慢の三味線でお囃子を始めると、狸も負けじと大きな音で腹鼓を叩く。頑張りすぎた狸は、翌朝腹を破って死んでいた。不憫に思った和尚さんは供養のため狸塚を作ったと言う。

中山晋平を記念したポンポコの湯 

http://nakano-ipc.jp/facilities/shisetsu01_2.php 

中山新平記念館 http://www.city.nakano.nagano.jp/shinpei/index.htm

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プロフィール

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新井信介(あらいしんすけ)

長野県中野市で昭和32年(1957年)にリンゴ問屋の息子として生まれました。 日本の歴史に圧倒的影響を与え、しかも、世界でもっとも多くの人間の住む国、中国と 商売しないのはおかしい、と、東京外国語大学の中国語学科に進んだ後、 今度は、世の中の現実と構造を知りたい思い、商社に入り、北京駐在員として 自動車・電気機関車などの輸出、さらに、本社では経済協力案件を担当しました。

しかし、88年秋、プラザ合意に始まったバブル経済が過熱していく中、昭和天皇が倒れ、 「金儲けどころじゃない、日本がおかしくなる」と、世直しを決意して退社。 日本の政策転換とバブルの早期処理を訴えましたが、結果は、「失われた20年」になりました。 98年から、「世紀末の大転換」を確信し、著作と講演を進めてきました。


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