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本物ヒラリーを動かしてきた勢力と、替え玉ヒラリーの振付師は、違うね、きっと。

 国連総会前に、替え玉ヒラリーが、堂々と出てきた。 安倍はそれと握手して、承知して、付き合った。

 世界は、同じように、安倍に倣って、この替え玉に、承知で、今後も、つきあうのか?

 トランプが、 お前、偽者じゃないか、民主党、いい加減にしろ、と言ってくれると面白いのですが。 

  

 ヒラリーが、本物でも、替え玉でも、 けっして、ブレないのは、米ドルの価値、信認性の維持と、世界展開。

 これは、人民元SDRをもつ中国も、華僑も、賛成だ。

  なぜなら、彼らも、金融ワンワールドの一員で、米ドル建てで、金融資産をもっているから。  

 願うらくは、 マネーが、    略奪型ではなく、 育成型に、使われだすことを。

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プロフィール

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新井信介(あらいしんすけ)

長野県中野市で昭和32年(1957年)にリンゴ問屋の息子として生まれました。 日本の歴史に圧倒的影響を与え、しかも、世界でもっとも多くの人間の住む国、中国と 商売しないのはおかしい、と、東京外国語大学の中国語学科に進んだ後、 今度は、世の中の現実と構造を知りたい思い、商社に入り、北京駐在員として 自動車・電気機関車などの輸出、さらに、本社では経済協力案件を担当しました。

しかし、88年秋、プラザ合意に始まったバブル経済が過熱していく中、昭和天皇が倒れ、 「金儲けどころじゃない、日本がおかしくなる」と、世直しを決意して退社。 日本の政策転換とバブルの早期処理を訴えましたが、結果は、「失われた20年」になりました。 98年から、「世紀末の大転換」を確信し、著作と講演を進めてきました。


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