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「滅び方も知らなアホウ国家日本」・・・「京の風」閲覧者の英邁で明哲なご意見

 こんにちは。

本ブログ「京の風」の読者には、真理真相を見抜く、レベルの高い方が多い。ときどき、メールをくれる方がいます。もちろん、その方の本名を私は知っていますが、その方からのメールを、ご本人同意の上で、公開します。 

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 「 新井先生

 
どうやら、日本国というモノの「オシマイ」が見えてきました。
 
でも、今の日本の権力層で「投了のやり方」をわかっている人が居るのか?疑問です。
 
金井の神さんは、無関心。飯山先生のいう高野山奥の院の方の奥の院は、沈黙。
 
ただ皇太子浩宮さんは、それなりに準備をしているですが。 
 
前の戦争をやめる時も、昭和さんの意思なければ、終われなかった・・・。
 
こんどは、そういう天の声が無いのですから・・・。
 
ただそれが心配です。
 
かろうじて、皇太子・鳩山元首相の首班の、新政権で、日本帝国を「クロウズ」するって絵もあるでしょうけ・・
 
ともわれ、生き延びるのが第一ですけど・・・
 
「滅び方も知らなアホウ国家日本」ってなりそうですよね・・・      」
 
ーーーーーーーーーーーーーーーー(転載終わり)ーーーーー
 
で、このあと、内のK2oの社長と話したのですが、
安倍晋三は、年末、韓国の慰安婦の件を、自分で火をつけて世界中が辟易して、鼻を白むほど炎上させながら、自分で幕引きしたのだから、なんでもするかもしれない。
日本国の首相として 「こころからのお詫び」と言ってしまったのだから、日本の右翼は、この3年間、何のために、安倍を応援してきたのか、分からない、と気が狂いそうなくらい、悶えた人間が続出だったでしょう。でも、安倍チンは、そんな人間の心を簡単に無視できる、まったく痛みを感じない、特殊能力をお持ちでござんす。
本人の本音やポリシーではなく、周囲の環境の中で、最後は、自分の権力維持や、対外的な妥協のために、それまでの自分を忘れきって、しらっと何でもいえるのでしょう。
 
 そうなると、北朝鮮や、中国との関係どころか、 原発政策や、放射能汚染や被曝の深刻度についても、 
 「自分は、初めて真実を知らされた。だから、いま、首相として、決断する。・・・」とか言い出して、一気に、これまでと違う態度を取る可能性が無いわけでは無い。
 文字通り、「君子豹変す」 なのだが、言い訳、責任逃れ、厚顔無恥での「豹変」が、起こりえる可能性を、 慰安婦問題では見せてしまったのです。
まあ、小泉純一郎もオンカロを見てから変わり、「原発は、首相がやめると決断すれば、やめられる」といっていたのですが、その姿を、都知事選挙があった2年前の時点で、安倍晋三は、「小泉さんも老けたねえ」とバカにしていました。しかし、今は、自分がどんどん追い込まれてくると、葛西のオッサンなんか無視して、進んでそうするかもしれない。
 
 そうなると、日本全国に蔓延った「原発シンジケートの解体・消滅宣言」になるわけで、日本は、シッチャカメッチャカだけど、間違いなく、変わる。それも、根底が、崩れていく。
 
 それが、「311」のあと、4月末から5月初めくらいなら、伊勢サミットで安倍は、十分に「ええ格好しい」ができるようになる。
で、そのときは、安倍は、田布施マフィアとしては、最後の王様になるが、さて、それをするのかどうか? 
  
私のブログの愛読者さんは、次にくれたメールで、こうも書いてきた。 (次のブログへ) 

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プロフィール

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新井信介(あらいしんすけ)

長野県中野市で昭和32年(1957年)にリンゴ問屋の息子として生まれました。 日本の歴史に圧倒的影響を与え、しかも、世界でもっとも多くの人間の住む国、中国と 商売しないのはおかしい、と、東京外国語大学の中国語学科に進んだ後、 今度は、世の中の現実と構造を知りたい思い、商社に入り、北京駐在員として 自動車・電気機関車などの輸出、さらに、本社では経済協力案件を担当しました。

しかし、88年秋、プラザ合意に始まったバブル経済が過熱していく中、昭和天皇が倒れ、 「金儲けどころじゃない、日本がおかしくなる」と、世直しを決意して退社。 日本の政策転換とバブルの早期処理を訴えましたが、結果は、「失われた20年」になりました。 98年から、「世紀末の大転換」を確信し、著作と講演を進めてきました。


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