HOME > 新井信介 「京の風」 > 日本のアイデンティティー > 「大震災後に見せた日本人の秩序正しさを、海外メディアは素晴らしい自己抑制力だと勘違いして報道したが、実際は従属に慣れた奴隷の習慣だった。」

「大震災後に見せた日本人の秩序正しさを、海外メディアは素晴らしい自己抑制力だと勘違いして報道したが、実際は従属に慣れた奴隷の習慣だった。」

植田さんのHP。必見です。 http://8706.teacup.com/uedam/bbs


 ミウラハイジさんのツイッターから。
 
https://twitter.com/mimurahaihai

 * 「Haiji Mimura ?@mimurahaihai 6月26日
 大震災後に見せた日本人の秩序正しさを、海外メディアは素晴らしい自己抑制力だと勘違いして報道したが、実際は従属に慣れた奴隷の習慣だった。放射能汚染の後にも動かない日本人を見て、さすに海外メディアも勘違いに気づいた。日本人を煽る報道を始めたが、それでも行動した日本人は少なかった。」

植田氏いわく:

たとえば、東大の学者は、本来は、頭がいいはずなのに、なぜ、放射能に関しては、アホになるのか?
 答えは、知と意識は、分離しているから、です。

 知とは、頭です。
 頭では、放射能はアブナイ、と理解してますが、日本学者村の一員としては、政治の指図にノーとは言えない、と。
 ノーと言えない、というところが、意識の問題です。

 なぜノーと言えないのか?
 答え。
 日本人の意識は、自立していないから、です。

 なぜ自立していないのか?
 この疑問になると、日本人の思想史の総点検が必要になります。
 同時に、西洋人の思想史の総点検が必要になります。

 どちらも出来るほどの時間を持っている日本人が、どれだけいるでしょうか?
 多分、皆無、です。
 

カテゴリ:

< 7月6日(土)、安曇野で、午後2時から「シリウス・ヌナカワ」研究会です。  |  一覧へ戻る  |  「国は明らかに法令違反を市民に強要しているのに、職員は国の言いなりにしか動きません」いわきの叫び。 >

このページのトップへ

プロフィール

arai.png

新井信介(あらいしんすけ)

長野県中野市で昭和32年(1957年)にリンゴ問屋の息子として生まれました。 日本の歴史に圧倒的影響を与え、しかも、世界でもっとも多くの人間の住む国、中国と 商売しないのはおかしい、と、東京外国語大学の中国語学科に進んだ後、 今度は、世の中の現実と構造を知りたい思い、商社に入り、北京駐在員として 自動車・電気機関車などの輸出、さらに、本社では経済協力案件を担当しました。

しかし、88年秋、プラザ合意に始まったバブル経済が過熱していく中、昭和天皇が倒れ、 「金儲けどころじゃない、日本がおかしくなる」と、世直しを決意して退社。 日本の政策転換とバブルの早期処理を訴えましたが、結果は、「失われた20年」になりました。 98年から、「世紀末の大転換」を確信し、著作と講演を進めてきました。

最近の画像

最近のコメント